うつを伴う慢性痛

慢性疼痛とうつの間には密接な関連がある。

● うつと痛みが併存する患者の治療には、抑うつと痛みのうち、どちらがより優勢であるかによって、うつ病の身体症状として痛みを扱う場合と、慢性疼痛に関連した抑うつ症状として扱う場合とがある。

うつ病の身体症状としての疼痛 大うつ病患者に合併する痛み
慢性痛に関連した抑うつ症状 1. 痛みの原因となっている基質的異常が持続し、これに抑うつが重畳する場合。
2. 痛みの原因となる基質的異常が認められないか、あるいは軽減しているにも関わらず、痛みが遷延し、これに心理的な原因が加わり痛み関連行動の程度が著しくなっている場合。 →疼痛性障害

● Krishnanら(1985*)によると、慢性腰痛患者の80%に抑うつ状態が見出され、この状態に典型的な症状、すなわち朝早く目覚めて、体重が減少し、リビド-(Libido)が減退するなどの症状を認め、痛みに注意が集中して絶えずそれが頭から離れず、他のことに無頓着となり、いつまでも続く不快な感じが人生の喜びを奪ったと報告されている。社会との接触を避け、スポーツ、趣味、家事などからも遠のき、歩くと気分が悪くなるので寝たきりや椅子に座ったままの生活を送るようになり、家族や友人の世話になる度合いが次第に高まる。就労困難な場合は、心配が加わり、自信をなくして、自分を卑下するようになる。
● うつの合併は、慢性疼痛の治療予後を悪化させる。
● うつを伴う慢性疼痛の治療において重要なことは、患者の痛みに対する認識を変えることで、痛みに対する行動の変容を促すことである。

気分障害 mood disorder ←→気分安定薬
● うつ病と双極性障害
● 抑うつ症状や興味・喜びの減退などを呈する大うつ病と、躁状態または軽躁状態とうつ状態の再発・寛解を繰り返す双極性障害を含む。
● 気分障害患者の死後脳の研究では、前頭極灰白質のオリゴデンドロサイト系譜細胞が減少
 [うつ病の病態] ● うつ状態の患者をみると、50%以上の患者の主訴が痛みであると報告されている(VonKnorring, 1975)。
● セロトニン減少—衝動性やイライラ感等の感情障害が強く現れる。
 ノルアドレナリン減少—-意欲低下、自殺企図(希死念慮)
● セロトニン系とノルアドレナリン系神経伝達物質の不足によるというモノアミン仮説が信じられている。
 —シナプス間隙のモノアミン傷害から、受容体以降の情報伝達、転写、遺伝子発現などにおける調節障害、さらには神経変性などが含まれる。
● ストレスとうつ
 ○ Cushing症候群などの内分泌疾患、ステロイド療法中の患者がしばしば躁うつ病に似た精神症状を示すことから、うつ病における内分泌異常が早くから注目されている。
 ○ コルチゾール分泌亢進、視床下部−下垂体−副腎皮質系(HPA−axis)の機能亢進もうつと関連があるらしい。
 ○ PTSDによりうつ病が誘発される。
 ○ 母子分離ストレスなどの幼少期ストレスにより成長後にうつ病が誘発される。
● C型肝炎の治療として使用されるIFNαの副作用にうつが含まれる。
● うつの動物モデル:強制水泳試験/尾懸垂試験
うつ病の発症頻度は女性のほうが多い。月経前症候群でうつ症状が認められること、閉経期にうつ病が頻発することから、うつには性ホルモンも関与する可能性がある。黄体期のエストラジオールが血中セロトニンと相関を示す。
2009年4月に「光トポグラフィーを使ったうつ症状の鑑別診断補助」が精神医療分野で初めて承認された。
双極性障害 bipolar disorder
● 躁状態(躁病エピソード)とうつ状態(うつ病エピソード)の病相を繰り返す精神疾患
● ICD-10ではうつ病とともに「気分障害」のカテゴリに含まれている。
● WHOは世界で6000万人が罹患していると推定している。
● 好発年齢は25歳で、初回発病は15〜19歳からであり12歳以下は稀である。
● 一卵性双生児における一致率は50〜80%と、二卵性双生児 (5〜30%) よりも高いことから、遺伝要因の関与が高いことが指摘されている。
● 自殺リスクが高く、20年後の自殺率は6%以上で生涯では10%以上、自傷は30〜40%のケースで起こっている。
● 双極性障害などの再発を繰り返す精神疾患は、中枢神経系における進行性の変化が関与している。
● 双極性障害の患者で左前帯状回の容積が減少
● リチウム処方により灰白質容積回復
モノアミン仮説 monoamine hypothesis
● Schidrautが提唱した仮説
● モノアミンを枯渇させる薬剤であるレセルピンがうつ病を引き起こす。
● うつ病ではモノアミン神経の活動が低下している。MAOIはその不活性化を、三環系抗うつ薬は再取り込みを抑制することによってシナプス間隙のモノアミンを増加させる効果を発揮する。
モノアミン仮説に反する事実
● うつ病でモノアミン神経の活動が低下しているというという十分な証拠がない。
● 取り込み阻害作用のない薬(iprindole、mianserin)にも抗うつ効果がある。
● 取り込み阻害作用の薬による特性(セロトニン、ノルアドレナリンのいずれに対し取り込み阻害効果を持つか)が臨床的効能と一致しない。
● 取り込み阻害は投与後急速に生じるが、作用には1-2週間かかる。
● コカインやアンフェタミンはモノアミン取り込み阻害作用があるのに効果がない。
セロトニン仮説
● Coppen, A(1967)が提唱した仮説
● うつ病の病態には前頭葉、内側前頭前野(m-PFC)の活動抑制が関連する。
● うつ病患者の脳機能画像診断で、mPFCの血流とグルコース代謝が減少しているという報告がある。
● うつ症状の軽快に伴って、mPRCの血流の代謝率が改善する。
● うつ病の発症と5-HT神経の機能低下が相関する
● 5-HTの神経伝達機能を増強させるSSRIは、うつ病の治療薬として確立されている。
● 5-HT神経が備えている5-HT1A受容体(オートレセプター)による自己抑制回路が関与しており、5-HT1A受容体を慢性的に投与すると抗不安作用が出現する。
GABA抑制仮説

躁病エピソード manic episodeのDSM-V診断基準*

A. 異常かつ持続的な高揚し・開放的または易怒的な気分、そして異常かつ持続的な増大した活動または活力が、一日のうち殆どほぼ毎日存在するいつもと違った期間が少なくとも 1 週間持続する(入院治療が必要な場合、期間は問わない)。

B. 気分の障害と活動・活力の増大の期間中、以下の症状のうち3つ(またはそれ以上、気分が単に易怒的な場合は 4 つ)がはっきりと認められる程度に、通常のふるまいからの変化として存在している。
1.自尊心の肥大、または誇大
2.睡眠欲求の減少(例えば、3 時間眠っただけでよく休めたと感じる)
3.普段よりも多弁であるか、しゃべり続けようとする心迫
4.観念奔逸、またはいくつもの考えが競い合っているという主観的な体験
5.注意散漫(すなわち、注意があまりにも容易に、重要でないかまたは関係のない外的刺激によって他に転じること)が報告されるか観察されること
6.目標志向性の活動(社会的、職場または学校内、性的のいずれか)の増加、または精神運動性の焦燥
7.まずい結果になる可能性が高い活動に熱中すること(例えば制御のきかない買いあさり、性的無分別、またはばかけた商売への投資などに専念すること)
C. 症状は混合性エピソードの基準を満たさない。
D. 気分の障害は、社会的または職業的機能に著しい障害を起こすほど、または自己または他者を傷つけるのを防ぐため入院が必要であるほど重篤であるか、または精神病性の特徴が存在する。
E. 症状は物質 (例: 乱用薬物、投薬、あるいは他の治療) の直接的な生理学的作用、または一般身体疾患 (例: 甲状腺機能亢進症) によるものではない。 注: 身体的な抗うつ治療 (例: 投薬、電気けいれん療法、光療法) によって明らかに引き起こされた躁病様のエピソードは、双極I型障害の診断にあたるものとするべきではない。

うつ病エピソード depressive episodeのDSM-V診断基準

A. 以下の症状のうち5つ(またはそれ以上)が同じ2週間の間に存在し、病前の機能からの変化を起こしている。これらの症状のうち少なくとも1つは(1)抑うつ気分、または(2)興味または喜びの喪失である。注:明らかに他の医学的疾患に起因する症状は含まない。
1.その人自身の言葉(例:悲しみ、空虚感、または絶望を感じる)か、他者の観察(例:涙を流しているように見える)によって示される、ほとんど1日中、ほとんど毎日の抑うつ気分。 注:子どもや青年では易怒的な気分もありうる。
2.ほとんど1日中、ほとんど毎日の、すべて、またはほとんどすべての活動における興味または喜びの著しい減退(その人の説明、または他者の観察によって示される)。
3.食事療法をしていないのに、有意の体重減少、または体重増加(例:1ヵ月で体重の5%以上の変化)。またはほとんど毎日の食欲の減退または増加。注:子どもの場合、期待される体重増加が見られないことも考慮せよ。
4.ほとんど毎日の不眠または過眠。
5.ほとんど毎日の精神運動焦燥または制止(他者によって観察可能で、ただ単に落ち着きがないとか、のろくなったという主観的感覚ではないもの)。
6.ほとんど毎日の疲労感、または気力の減退。
7.ほとんど毎日の無価値感、または過剰であるか不適切な罪責感(妄想的であることもある。単に自分をとがめること、または病気になったことに対する罪悪感ではない)。
8.思考力や集中力の減退、または決断困難がほとんど毎日認められる(その人自身の言明による、または他者によって観察される)。
9.死についての反復思考(死の恐怖だけではない)。特別な計画はないが反復的な自殺念慮、または自殺企図、または自殺するためのはっきりした計画。

B. その症状は、臨床的に意味のある苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。
C. そのエピソードは物質の生理学的作用、または他の医学的疾患によるものではない。
注:基準A〜Cにより抑うつエピソードが構成される。
注:重大な喪失(例:親しい者との死別、経済的破綻、災害による損失、重篤な医学的疾患・障害)への反応は、基準Aに記載したような強い悲しみ、喪失の反芻、不眠、食欲不振、体重減少を含むことがあり、抑うつエピソードに類似している場合がある。これらの症状は、喪失に際し生じることは理解可能で、適切なものであるかもしれないが、重大な喪失に対する正常な反応に加えて、抑うつエピソードの存在も入念に検討すべきである。その決定には、喪失についてどのように苦痛を表現するかという点に関して、各個人の生活史や文化的規範に基づいて、臨床的な判断を実行することが不可欠である。
D. 抑うつエピソードは統合失調感情障害、統合失調症、統合失調様障害、妄想性障害、または他の特定および特定不能の統合失調症スペクトラム障害および他の精神病性障害群によってはうまく説明されない。
E. 躁病エピソード、または軽躁病エピソードが存在したことがない。
注:躁病様または軽躁病様のエピソードのすべてが物質誘発性のものである場合、または他の医学的疾患の生理学的作用に起因するものである場合は、この除外は適応されない。