多発性硬化症 Multiple Sclerosis:MS

● 中枢神経系の免疫性脱髄疾患
● 厚生労働省の特定疾患(神経難病、神経障害性疼痛

1828年:Robert Hooper(1773〜1835, ロンドンの内科医)がMSと思われる記載をした。「a peculiar disease of the cord and pos Varolii accompanied with atrophy of the discoloured portion」
1835年:Jean Cruveilhier(1791〜1874, パリ大学初代病理解剖学教授、胃潰瘍の疾患概念を確立)が1829〜1842年の著書「人体病理解剖学」の中でMS症例を2例挙げた。剖検では脳、脊髄のいたるところに巣状の「灰色変性」があり、病態を「脊髄の灰白変性による対麻痺」として記載した。
1849年:Friedrich Theodor von Frerichs(1819〜1885, ドイツの病理学者)がMSの臨床的特徴を解析した。
1856年:Wilheim ValentinerがFrerichsの症例について経過を追跡し、その病理所見を報告した。
1866年:Edme Félix Alfred Vulpian(P1826〜1887, フランスの病理解剖教授)がパリ病院医学会でMSの3症例を発表した。Vulpianはフランス語で初めて「sclerose en plaque(多発性硬化症)」と呼んだ。
1868年:Jean Martin Charcot(P 1825〜1893, パリ大学病理解剖学の教授)がMSについての正確な症状学的記述した。シャルコーの3徴:断続性言語、企図振戦、眼振。その他に視力障害、麻痺などがみられる。
1868年:Morris(米)が下肢脱力で発症し運動障害、感覚障害、排尿障害などの症状が出現し、病理学的に頸髄と胸髄の灰白質に病変が多発していた症例を報告した。
1871年:William Alexander Hammond(1828-1900、米国の神経科医、軍医)が、「multiple cerebro-spinal sclerosis」と命名した。
1882年:Erwin von Baelz(1849-1913、ドイツの医師、明治時代に大日本帝国に招かれたお雇い外国人)が日本で内科病論を著し、その中でMSを「脳脊髄散在硬化」と紹介した。
1935年:三浦謹之助(1864-1950, Baelzの助手、シャルコー晩年の弟子)がベルリンの学会で「多発性硬化症は日本にはきわめてまれである。」と発表した。
1935年:Rivers TとSchwentker F(ロックフェラー研究所)が実験的アレルギー性脳炎 Experimental autoimmune encephalomyelitisを作成し、それとの病理的類似が指摘され、自己免疫が病因と推定されるようになった。

● さまざまな説はあるがいまだ原因は不明である。このうち遺伝、自己免疫、ウイルスなどの感染が可能性が高いと思われている。
● 日本には約1万人の患者さんがいると推定されている。
● 発症する年齢は、若年成人といわれる20〜40代が多く、また男性に比べて女性に多く発症する。
● 多発性硬化症はミエリン、オリゴデンドロサイト、軸索を破壊する中枢神経系の炎症性疾患である。多発性硬化症では<ミエリンが免疫系により破壊される。 ● shadow plaque(ミエリン化が薄い病変で、再ミエリン化された領域と考えられている)内に多発性硬化症患者では新たなオリゴデンドロサイトが存在していない。多発性硬化症では病変部の再ミエリン化は一過的であるか全く起こらないと考えられた。Nature 566, 7745, 2019 参考 ● 多発性硬化症では中枢神経系の脱髄が神経変性につながるが、オリゴデンドログリアの不均一性が関連する可能性がある。死後脳白質領域の単一核RNA塩基配列解読では、非罹患対照者のヒト白質で、オリゴデンドログリアのサブクラスターが複数見つかった。その一部はマウスのものに類似している。MS組織には一部のサブクラスターはあまり存在しないが、多く存在するサブクラスターもある。成熟オリゴデンドロサイトサブクラスター間に見られるこのような差異は、MS病変部でのオリゴデンドロサイトの機能状態の違いを示す可能性がある。 Nature 566, 7745 ,2019 参考 ● 多発性硬化症の慢性病変にでは、オリゴデンドロサイト前駆細胞が存在しないため、あるいはそれらの細胞がオリゴデンドロサイトを産生できないため、ミエリン再形成が制限されている。 参考 ● 慢性期 MS 患者における髄鞘再生不良巣においても,髄鞘形成細胞であるオリゴデンドロサイトの前駆細胞(オリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)) は数的充分に残存している。慢性期における髄鞘再生不良の背景には,OPC から髄鞘 形成能を有するオリゴデンドロサイトへの分化の途中段階に障害があると考えられるようになった。OPCからオリゴデンドロサイトへの分化を阻害する因子として,これまで脱髄軸索が発現する PSA-NCAM,アストロサイトが発現するJagged-1・LINGO-1・ヒアルロン酸,あるいは脱髄後に取り残された髄 鞘の遺残(debris)が提示されてきた。 参考 [su_spacer]

[症状]—どこに病変ができるかによって千差万別

● 運動麻痺
● 感覚障害
● 深部反射亢進
● 視力障害
● 病的反射
● 括約筋障害
● 視神経萎縮
● 失調症
● 企図振戦
● 眼筋麻痺
● 嚥下困難

[痛み]

● MSの約2/3で、経過中に疼痛を経験すると言われている。
● 経過の長い症例、高齢、障害どの思い症例で痛みの訴えが多い。
 ○ 三叉神経痛
 ○ 有痛性強直性痙攣: PTS
 ○ 四肢発作性疼痛
 ○ 頭痛
 ○ 眼球運動時痛
 ○ Lhermitte徴候
 ○ 背部痛・腰痛・股関節痛
 ○ 四肢異常感覚
◇有痛性強直性痙攣 painful tonic spasm: PTS
 MSの経過中によくみられる発作性症状の一つ。
 ○ 持続時間1分以内の短い疼痛の痙攣が四肢の一定部位に相次いで生じる発作。
 ○ 脊髄障害の回復期に出現することがある。
 ○ 自動的あるいは他動的に足を曲げたりする刺激が発作を誘発し、痛みやしびれを伴って一側あるいは両側の下肢が強直発作を示すもので、リハビリに際し四肢を他動的あるいは自動的に動かすことが刺激となって誘発されることがある。
 ○ 日に数十回も頻発することがあるが、発作は数十秒以内におさまる。
 ○ 体動やトリガーゾーンの触刺激によって容易に誘発され、異常感覚が先行することが多い。
 ○ 疼痛は四肢のある一定部位から起こり、一定方向に向かって放散し、テタニー様の強直性痙攣を伴う。
 ○ PTS発作直後には、トリガーゾーンの刺激でも発作が誘発されない不応期が見られる。
 ○ 発作中、意識が傷害されることはなく、また脳波異常も伴わない。
 ○ 脊髄の脱落巣でのインパルスの異常伝導 ephaptic transmissionによるとされる。
 ○ PTSは、アジア人種のMSで出現頻度が高い(欧米人で1〜2%、日本人で約10〜20%。)

[治療]

● 急性期には、ステロイド製剤を点滴静注する。軽度であれば経口投与する。
● 急性期が過ぎると、リハビリテーション
● 対症療法として、有痛性強直性痙攣に対しカルバマゼピンを、手足の突っ張り(痙縮)に対してはクロナゼパムなどの抗痙縮剤、排尿障害に対してはオキシブチニン塩酸塩など
● 再発防止には、インターフェロンβを皮下注射することで再発率を約30%減少させられることがわかっている。あるいは、コポリマー1、ガンマグロブリン
● フィンゴリモド:HDAC阻害剤、日本初の経口の再発予防薬
● イブジラスト:非選択的PDE3阻害薬
● 4-アミノピリジン製剤 dalfampridine:進行型の多発性硬化症の歩行障害改善に欧米で認可されている。軸索の細胞膜上のKvチャネルをブロックすることによって、シナプス伝達を増大させ、シグナル伝導を高める作用を持っている。