頚肩腕痛-外傷性頚部症候群(むち打ち症) Post-traumatic Cervical Syndrome(Whiplash Injury)

● 外傷によって、頸椎に大きな衝撃が加わることによって引き起こされる頸部痛を伴う障害
● 頸椎捻挫
● ICD-11(参考文献1)において、4.2.2.3. Whiplash injury-associated painに分類されている。posttraumatic painの一種である。ほとんどの症例では神経障害性疼痛の定義には合致せず、中枢感作が重要な要因と説明されている。

1)The IASP classification of chronic pain for ICD-11:
● chronic postsurgical or posttraumatic pain S.A. Schug et al.PAIN ·160 (2019) 45–52

1928年:Harold E. Crow(米国の整形外科医)がサンフランシスコで開かれたWestern Orthopedic Associationで、米国では追突事故での頸の損傷に関する討論の中で、「Whiplash」 と言う用語を使った。頸が急に動いて頸部捻挫を起こす機序について説明したが、その後さらに広い意味で使われるようになった。
2つの大戦とベトナム戦争の経験から、むち打ち症になるパイロットが増えはじめたの概念が一般に認知されるようになった。航空母艦のカタパルトから上空に飛び上がる直前の加速度で、むち打ち症になるパイロットが増えはじめた。
1958年(昭和33年):日本で報告され、日本では戦後、急激な車の増加及び事故の増加により、広まってきたが、この病態は古くから存在したものではなく、昭和39年にマスコミで「むち打ち症」という概念が大々的に報道されてから、報道される前の昭和38年と比較すると4年後の昭和42年には約34倍に急増したものであり、器質的な病態ではなく、心理社会的な病態と考えられる。
外傷性頸部症候群を引き起こす外傷
追突事故 転落事故 スポーツ外傷

[症状]

• 【診断】
• 症状および画像検査、神経生理学的検査により外傷による器質的な異常が無いことから診断する。神経障害性疼痛の診断には神経支配領域の知覚低下、支配筋の筋力低下、支配神経の神経反射異常を確認する必要がある。単なる自覚的な「痛み」のみで診断するものではない。
• 「問診で聞くべきこと」
• 痛み・しびれの発現時期・程度、頚椎の可動域、運動麻痺の有無
• 「必要な検査とその所見」
• 神経学的診察(ジャクソン、スパーリング、水野テスト、深部腱反射)
• 頚椎のXP(正面、側面、機能撮影(前屈・後屈(麻痺が無い場合))
• MRI(脊椎・脊髄所見のみならず、皮下出血・筋肉内出血などの軟部組織の異常所見確認)
• 「診断のポイント」
• 症状および画像検査、神経生理学的検査により外傷による器質的な異常が無いことから診断する。神経障害性疼痛の診断には神経支配領域の知覚低下、支配筋の筋力低下、支配神経の神経反射異常を確認する必要がある。外傷性頸部症候群は、患者自体が自覚症状を持ちながら、客観的な所見が捉えられないことがほとんどであり、難治化する症例は少なくない。バレー・リウ症候群と呼ばれる症状が見られることもある。
• ① 内耳の症状:めまい、耳鳴り、耳づまり
• ② 眼の症状:眼のかすみ、疲れ、視力低下(眼精疲労)
• ③ 心臓の症状:心臓部の痛み、脈の乱れ、息苦しさ
• ④ 咽喉頭部の症状:かすれ声、喉の違和感、嚥下困難
• ⑤ 頭痛、頭重感
• ⑥ その他の症状:上肢や全体のだるさ、上肢のしびれ、注意力散漫など

● 画像上でも症状を説明できる所見を欠くことが多いにもかかわらず、不定愁訴が多い。
● 外傷性頸部症候群の症状は多様で、損傷部位によって異なる。選択的なブロックの効果によって、症状を診断

頸部軟部組織
に関する症状
● 頸部の筋肉・筋膜の疼痛およびこれに伴う運動制限
● 二次的な筋緊張型頭痛:頭痛、頭重感、肩こり
神経根
に関する症状
● 各神経根の支配領域に一致した疼痛や感覚異常(しびれ感)、腕、手指の筋力の低下
● 慢性期には支配している部分の筋の萎縮
椎骨動脈
に関する症状
● 小脳症状:めまい、難聴、言語障害、視機能の障害、平衡感覚の障害、手指のふるえ、千鳥足のような歩行
● 意識消失
脊髄損傷 ● 下肢または上下肢の運動麻痺および感覚障害。
● 膀胱直腸障害
● 上部頸髄の損傷:呼吸不全もおこってきます。
● 広範囲の血管運動神経の損傷:血圧低下、脊髄ショック
その他の症状 ● 交感神経系症状:涙がでる、顔面の紅潮、唾液分泌の異常、発汗の異常、眼裂と瞳孔の左右差
 ⇒バレー・リュー症候群
● 筋緊張型頭痛は精神的ストレスや天候、気候によって左右されやすい。
● しばしば精神身体化障害も伴われる。

[原因]

● 追突されると、前方への動きが加速される。このとき座席は前方に動くが、頭部は取り残されて、勢いよく後ろへ反り返る。そしてその直後の反動で前屈する。このような頭の動きによって、頭頸部が損傷される。
● 追突されると、頭の後頭骨と頸椎の接合部、ついで、ほとんど同時に第5-6頸椎の部分を軸として回転する。そのため、上部頸椎と第5-6頸椎の部分が傷害される。
● 頸椎の過伸展が起こり、反動と急制動による過屈曲がそれに続き、頸部の靭帯、筋、椎間板、椎間関節、さらに頸髄や神経根などが損傷する。
● 頭が後ろに反り返るとき、胸鎖乳突筋、斜角筋、頸長筋が引き伸ばされる、筋肉は反射性に収縮する。それによって、筋線維が傷害される。傷害された筋肉に浮腫や出血が現れる。12-24時間たつと、頸の痛みやこりが生じる。
● 筋や靭帯などの断裂と微小出血が起こり、引き続き炎症、浮腫が生じる。
● 頸髄の微少な血流障害や交感神経の過緊張によって複雑な症状が出る。
● これらの微小な損傷は数週間で自然治癒することが多いが,一部の症例では年余にわたる。
● 精神的緊張が高まり、不安がつのると、体幹や頸部の筋肉の緊張が高まる。筋肉の緊張亢進は、すでに現れている筋肉痛をいっそう強める。筋肉痛は、精神的緊張の高まりや不安を引き起こす。
● 心理社会的要因が軽微な頚椎捻挫症状の予後不良因子である。
● 外傷性頸部症候群の定義は「頸部外傷によって生じた頸椎ならびに神経の構築学的、神経学的帰結で、運動および神経系の多彩な異変だけでなく、精神神経学的ならびに耳性学的、視覚平衡機能障害をも伴う症候群」とされている。
● 最大の要因は自動車事故で、とくに時速約20km以下での無自覚状態での追突による発生が多いとされている。ギリシャ、リトアニア、カナダの一部の州などでは日本の様な外傷性頚部症候群・頚椎捻挫はほとんど存在していない。社会制度としてそれに対する補償がないからと説明がされている。日本の自動車の衝突安全基準では時速35km/hr以上では、ボンネット及びトランクが壊れるようになっている。バンパーのみの破損の場合には35km/hr以下と考えられ、その外力は約10Gの加速度となるが、10Gの加速度は20cmの階段から着地したものと同様であり、時速20㎞では友人に肩をぽんと叩かれた衝撃(4G)とされており、追突時の衝撃はかなり小さい。
● 心理・社会的疼痛も含めたNociplastic Painという概念が2017年に国際疼痛学会から提唱されている。「医学的には痛みを生じるような証拠、損傷が無いのにも関わらず侵害刺激様の痛みを生じている」病態であり、「medically unexplained symptoms」に近い病態である。
● 最近の調査(参考文献2)より40歳代が最も治療期間が延長する傾向が示されており、逆に12歳以下については治療の遷延するケースは見られなかった。このことは、小学生以下では「外傷性頚部症候群は長引かない」ことを示唆するものであるが、実際学童期には、「外傷性頚部症候群=治りにくい症状」という概念自体定着している可能性が低いため、リトアニアの人のようにその概念がなければ、この年代に日常的に生じている軽微な頸部外力を受け頸部痛が生じたとしても、当然早期の改善する結果につながったものと考えられる。

2)池本竜則、三木健司 受傷時年齢からみた外傷性頸部症候群の治療期間調査 賠償科学 2016 No.44 61-65

日本の最新の調査(参考文献3)では外傷性頚部症候群の治療日数の調査では「加害者に対する怒り」(社会的不公平感)が大きいと治りにくいことが明らかとなった。また女性、高齢、頸部以外の怪我があること、治療開始までの日数が短いことが治療の長引く要因となった4)。しかし、自動車の物損金額、相手車種、衝突様式(追突、正面衝突など)は関係しなかった4)。また医療機関以外の医業類似行為の施術では治療期間は短くならなかった。医業類似行為の施術は外傷性頸部症候群には勧められない。

3)Hayashi K, Miki K, Ikemoto T, Ushida T, Shibata M. Associations between the Injustice Experience Questionnaire and treatment term in patients with acute Whiplash-associated disorder in Japan: Comparison with Canadian data. PLoS One. In press.

4)Hayashi K, Miki K, Ikemoto T, Ushida T, Shibata M. Factors influencing outcomes among patients with whiplash-associated disorder: A population-based study in Japan. PLoS One. 2019; 14(5):e0216857.

 

[治療]

基本は保存療法。患者教育、運動療法、安心を与える、活動性を保つこと、通常の日常生活を再開することが重要である。ブロックなど侵襲的な治療は発症早期、数ヶ月までに行なう、慢性化した愁訴には効果が見られないことが多い。
● 生活指導
・ 患者の訴えをよく聞いて安心感を与えるようにする。
・ 頸部愁訴だけなら日常生活や仕事を制限しないように指導する。
・ 嘔気や嘔吐、めまいが強いときは、数日のみの安静臥床を指導する。
● 頸椎カラー
・ GradeⅠでは不要、GradeⅡ〜Ⅲで処方しても必要以上に長く装着させないようにする。(ケベック治療ガイドライン:GradeⅡ〜Ⅲで処方しても72時間以上着用させない)
● 理学療法
・ 活動性を維持するため、受傷時早期からの運動療法が有用。温熱療法などの物理療法は運動療法の補助として行う。
● 手術療法
・ 行わない。全例で治療成績不良との報告あり
・ 慢性むち打ち症に対する有効性が最も期待できる治療は以下である。IASP2009 Global against pain
・ 頚椎の運動を通常通り行って良いことを説明し、過度の安静をしないように教育し実践させること。
・ 関節可動域の拡大を目的とした運動や筋活動に着目した運動など規定の機能的な運動療法が有用である。
・ 心理療法をリハビリテーションと組み合わせて実践することが有用である。
・ 「リハビリテーションのポイント」
・ 頚椎の運動を通常通り行って良いことを説明し、過度の安静をしないように教育し実践させること。被害者意識があり、「怒り」「社会的不公平感」などによる痛みが多く見られる。共感的姿勢で接すること。痛みがあっても動くこと・働くことが出来るというように支える医療が必要である。集学的診療が出来ると良い。
・ 不適切処方
・ 外傷性頚部症候群と診断される限り、強オピオイドは不適切である。また抗不安薬は依存となりやすく離脱できなくなるため投与は好ましくない。仮に精神疾患がある場合は精神科医に精神科診断を求めること。
・ 専門医へのコンサルタント
・ 外傷性頚部症候群が3ヶ月以上治癒しないときは整形外科・脊椎外科専門医に神経障害が無いことを診断して頂くことが必要。神経障害が無ければ痛みやしびれなど自覚症状に対する支持的治療を継続する。(侵襲的な治療は必要ない)
・ 患者説明のポイント
・ 社会的不公平感など被害者意識が強いことが多く、患者には「事故に合って不運・悲劇」などの感情を共感し、痛みの注目するのではなく、将来への展望(就労・家事労働などへの復帰)を目標とすること。
・ 看護・介護のポイント
・ 侵害受容性疼痛・神経障害性疼痛ではなく、心理・社会的疼痛が主な病態であり、認知行動療法的な支持的な態度が医療者に必要である。患者が自分で出来ることを支援し、医療の現場よりも社会生活で身体を動かすことを目的とする。