過敏性腸症候群 irritable bowel syndrome:IBS

● 基質的疾患を伴わず、腹痛・腹部不快感と便通異常(下痢、便秘)が長時間持続し、悪化・改善を繰り返す機能性疾患
● ストレスをはじめとする種々の病因によって引き起こされ、脳腸相関により副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンなどによって惹起された腸管運動や腸管内圧の変化が中枢に影響を与え、ストレスの悪循環となると考えられている。
● 5HT3受容体を阻害することで、消化管運動亢進に伴う便通異常を改善する。

◇機能性胃腸障害(Rome III分類より)
C   機能性腸障害(Functional bowel disorders)
C1 過敏性腸症候群(Irritable bowel syndrome)
C2 機能性腹部膨満(Functional bloating)
C3 機能性便秘症(Functional constipation)
C4 機能性下痢症(Functional diarrhea)
C5 その他の機能性腸障害(Unspecified functional bowel disorder)
1871年:Jacob Mendes Da Costa(P 1833/2/7〜1900/12/12, 南北戦争の従軍軍医)が、 南北戦争で戦う兵士たちの間で心臓神経症が多発することを報告した(irritable heart or DaCosta syndrome)。同時に、極端な消化器症状が出て前線に出られない兵士が続出した。粘液を伴う下痢があり、それらの症状と精神的因子との間に密接な関係、患者の直腸を調べても潰瘍などは見られないことを報告した。戦争を通して味わう「死の恐怖」が精神的な重圧になって、このような症状を起こしたと考えた。(DaCosta J. Membranous enteritis. Am J Med Sci 1871; 62:321-38.)
1892年:Sir William Osler(P 1849〜1919, アメリカ、内科医、医学教育者)が「Mucous colitis」と記載した。
1915年:Walter Bradford Cannon(P 1871〜1945, アメリカの生理学者、William Jamesの弟子)は、動物の恐怖に対する反応としてfight or flight responseを定義した。情動が消化管活動を変化させることも観察した。
1929年:S. Jordanが「過敏性大腸 irritable colon」として報告した。
Henry Bockus(1894〜1982,元ペンシルバニア大学消化器科教授)の消化器病学の教科書でirritable colonが大々的に取り上げられた。
1936年:Hans Selye(P 1907〜1982, ハンガリー出身のカナダの病理学者、生理学者)は、有害な因子によって体に生じた歪みと、それに対する防衛(適応)反応を「生体内の歪みの状態」、すなわちストレスと呼び、「汎(一般)適応症候群」を提唱した。
1973年:James RitchieがIBS患者と健康被検者の大腸に挿入したバルーンを膨らませて、腹痛を自覚する閾値を調べた。IBS患者の方が腹痛を引き起こす閾値が低いという報告をしたが、あまり注目されなかった。[Ritchie, James. Pain from distension of the pelvic colon by inflating a balloon in the irritable colon syndrome . Gut. 1973 Feb;14(2):125–132.PubMed]
1980年-1985年:William E. Whitehead(North Carolina大学)が再試をし、IBS患者の大腸の感覚閾値が低下していることが広く認識された。[Whitehead WF, Engel BT, Schuster MM: Irritable bowel syndrome: Physiological and psychological differences between diarrhea-predominant and constipation-predominant patients. Dig Dis Sci 25:404–413, 1980.PubMed][Whitehead, W. E., & Schuster, M. M. (1985).Gastrointestinal disorders: Behavioral and physiological basis for treatment. New York: Academic Press.]
1990年代:barostatが開発された。

● 以前は、過敏性大腸症候群 irritable colon syndromeと呼ばれていたが、近年では大腸のみならず小腸をはじめ、上部消化管をも含めた消化管全体の機能異常による症候群と捉えられるようになり、IBSの呼称が一般化してきた。
● IBSは消化器診療の中でもっとも多い疾患である。主要文明国でのIBSの有病率は概ね一般人口の10-15%、1年間の罹患率は1-2%と概算される。QOLが障害されることで、その経済的損失も無視できない規模に生ずる。
● 腹痛と便通異常を主体とする消化器症状が持続する。
● その原因としての器質的疾患を同定し得ない、機能性消化管障害の原型となる障害である。心身症の病態を呈する。
● IBSの病態は、消化管の運動異常・感覚過敏、さらに脳腸相関による修飾の結果、形成される。
● IBSは食事や腸内のガスの移動などによって悪化するが、最も明らかな増悪因子は心身のストレス。
● 明らかな器質的疾患を同定し得ないが、消化管への感覚刺激(おもに腸管の伸展刺激)に対する過敏性も認められる場合がある。

[IBSのRome III 診断基準]
腹痛あるいは腹部不快感が
最近3ヶ月で少なくとも3日/月以上を占め
1. 排便によって改善する。
2. 排便頻度の変化で始まる。
3. 便形状(外観)の変化で始まる。
● 腹痛あるいは腹部不快感が、最近3ヵ月の中の1ヵ月につき少なくとも3日以上を占め下記の2項目以上の特徴を示す。
● 少なくとも診断の6ヶ月以上前に症状が出現し、最近3ヶ月は基準を満たす必要がある。
● 腹部不快感とは、腹痛とは言えない不愉快な感覚を指す。病態生理研究や臨床研究では、腹痛あるいは腹部不快感が少なくとも2日/週以上を占めるものが対象として望ましい。
[IBSのRome II 診断基準]
・腹痛あるいは腹部不快感が12ヶ月の中の連休とは限らない12週間を占め腹痛あるいは腹部不快感が下記2項目以上の特徴を示す。
1. 排便によって経快する。
2. 排便頻度の変化で始まる。
3. 便性状の変化で始まる。

● Rome II↑において、IBSは「腹痛あるいは腹部不快感」が12ヶ月の中の連続とは限らない12週間以上を占める。
● 腹痛あるいは腹部不快感が、① 排便によって軽快する、② 排便頻度の変化で始まる、③ 便性状の変化で始まる、の3つの便通異常の2つ以上の症状を伴うもの」と定義されている。

[IBSの指示症状(Rome II)]

△1. 排便回数<3回/週
▼2. 排便回数>3回/日
△3. 硬便 or 兎糞状便
▼4. 軟便 or 水様便
△5. 排便困難(排便時の力み)
▼6. 便意切迫(急激な便意)
 7. 残便感
 8. 粘液の排出
 9. 腹部膨満感、腹部膨満、腹部膨隆
▼下痢型:2, 4, 6の1つ以上 + 1, 3, 5なし
△便秘型:1, 3, 5の1つ以上 + 2, 4, 6なし
Rome II↑の定義からは除外されたが、診断を補強する症状は3回/週未満の排便回数、硬便/兎糞状便、もしくは排便困難で定義づけられる便秘、3回/日より多い排便回数、軟便/水様便、もしくは便意切迫で定義づけられる下痢、残便感、粘液の排出、腹部膨満感、腹部膨満、腹部膨隆である。

[典型的な症状]

● IBS患者を悩ませる一番の症状は、腹痛とそれに伴う情動である。
● 下腹部やみぞおちの痛みを伴った下痢や便秘が排便によって軽快する。
● 便通異常には、下痢型・便秘型(下痢または便秘のみが持続するもの)と交代型(便秘と下痢をくり返すもの)とがある。
● 大腸の症状以外に、心窩部痛、食後膨満感、悪心、嘔吐、食欲不振、胸焼け、季肋部痛、背部痛などの症状を訴えることも稀でない。
● 頭痛、頭重感、めまい、動機、頻尿、月経障害、筋痛、四肢末端の冷感、易疲労感などの多彩な身体症状を呈する。
● 抑鬱感、不安感、緊張感、不眠、焦燥感、意欲低下、心気傾向、欲求不満などの精神症状を持つ。
● 飲酒や不規則な生活、心身の緊張などで増悪しやすい。
● 通常睡眠中は症状は認めらない。週末などには症状が起こりにくい例が多い。
● 症状がひどい場合には、止痢剤や下剤を濫用したり、トイレへ行きにくい状況を回避するようになり、不登校などの行動上の問題をきたす場合がある。

運動異常
 ○ 基本的には腸管運動の異常に基づく状態である。
 ○ 通常、消化管には各部位ごとに規則的な蠕動運動が認められるが、患者さんの多くで食道から直腸にいたるまでさまざまな運動異常がみられる。

タイプ 硬便または兎糞状便 軟便または水様便
Bristol便形状尺度 1, 2型 6, 7型
便秘型IBS
(IBS-C)
● 便秘 constipationを主とするタイプ。
● 食後も正常な蠕動運動が発生せず、遠位結腸を中心に部分的なれん縮が誘発される。
● 便秘型は女性に多い傾向がある。
25%以上 25%未満
下痢型IBS
(IBS-D)
● 下痢 diarrheaを主とするタイプ。
● 過度な蠕動運動が誘発されやすい状態にある。
● 軟便または水様便が便形状の25%以上、かつ、硬便または兎糞状便が便形状(=)の25%未満
25%未満 25%未満以上
混合型IBS
(IBS-M)
便秘と下痢をくり返すタイプ 25%以上 25%以上
分類不能型IBS 便形状の異常が不十分であってIBS-C, IBS-D, IBS-Mのいずれでもない(止瀉薬、下剤を用いないときの糞便で評価) 異常が不十分 異常が不十分

[Bristol便形状尺度]

1型 分離した硬い木の実のような便(排便困難を伴う)
2型 硬便が集合したソーセージ状の便
3型 表面にひび割れがあるソーセージ状の便
4型 平滑で柔らかいソーセージ状あるいは蛇状の便
5型 柔らかく割面が鋭い小塊状の便(排便が容易)
6型 ふわふわした不定形の小片便、泥状便
7型 固形物を含まない水様便

● 腸管の蠕動運動反射には、腸管内圧が大きく関与していて、腸管内圧の上昇が便秘の治療に有効である。
● IBSにおける腸管運動異常にcorticototropin-relating hormone:CRFや種々の消化管ホルモンの関与も推定されている。
● 消化管の感覚過敏 visceral hypersensitivity
● IBSの患者では、種々の刺激に対する消化管の感覚過敏が認められる。
● 腸管の過敏性と過剰反応性がIBSの病態を構成する重要な因子となる。
● IBS患者の腸管は、健常者に比べて痛み刺激に対する閾値が低い。
● 腸管から中枢神経系へ伝達された痛み刺激の処理にされ方に異常がある。
脳腸相関 Brain-gut interaction↑
● IBS患者では、脳腸相関反応が増大している。
● IBSにおける諸症状は、一般に精神的ストレスによって増悪する。
● 腸の機能は筋間神経叢を中心とする腸神経系(ENS) によって制御される。
● 脳腸相関の伝達物質としてCRFが重要であり、液性調節や自律神経系(ANS)の支配も受ける。
● これらによって惹起された腸管運動や腸管内圧の変化が、求心性の迷走神経路を介して延髄弧束核に伝達され、種々の腹部症状が認識される。
● この症状の発生がストレス源となって、さらにストレスの悪循環が将来されるものと考えられる。

東北大学の福土先生らの研究 ←→内臓感覚←1/2
—-ストレス時に痛みを感じるのは、気のせいではなく、実際に消化管が敏感に反応している。
● 脳が消化管をコントロールするのではなく、消化管が脳をコントロールしている!Ÿ     情動ストレスあるいは中枢興奮による副交感神経興奮を模するneostigmine( cholinesterase 阻害薬)を負荷すると、大腸の分節運動が亢進する。
● IBSは小腸運動も異常であり、その異常は脳の覚醒レベルの影響を受け、大腸拡張刺激に対する消化管感覚閾値が低く、振幅の大きい大脳誘発電位を示す。
● IBSではストレス関連物質CRF 負荷時のACTH放出と大腸運動亢進が過大である。
● IBSは高率に抑鬱と不安を呈するが、これらの心理的異常はCRFに関連している。
● 消化管腔刺激時の消化管の変化をバロスタットで、また、脳内変化を PETによるイメージング
● PETによるイメージングで、音と皮膚電気刺激を組み合わせた条件づけによる大腸運動の変化により、前帯状回、前頭前野、島の賦活化が誘発された。
● 内臓刺激により、視床、島、前帯状回、前頭前野が賦活化されたので、内臓からの感覚刺激とストレッサーは脳の身体感知領域を共有すると考えられる。

消化管運動の研究

● Barostat開発前—古典的な薄いゴム球を使った消化管内圧測定法
● 薄いゴム球には、容量を少し変えると内圧が激しく上昇し、消化管の微細な運動を正しく検出できないという弱点があった。
● このため、圧トランスデューサーで主に収縮運動を測る方法が長年採用されていた。
Barostat法
● 1990年代にバロスタットBarostatが開発された。
● バロスタット法は、バロスタットバッグ(=ポリエチレンでできた薄いバッグ)を消化管に挿入して、被験者の感じている内臓感覚を直接測定する方法である。
● バロスタットバッグを腸や胃に挿入し、バッグの容量、圧力、コンプライアンスをコンピュータ制御下で観察する。
● バロスタット法の長所:一定の低圧を大腸に与えることにより、内腔を閉塞する収縮運動だけではなく、内腔を閉塞しない程度の軽い収縮運動、大腸壁緊張の変化、特に弛緩反応を検出できることである。
● バロスタット法がさらに優れている点は,バッグ内圧をさまざまな程度に変化させることで、消化管感覚を定量的に評価できることである。
● 腸の容量は、腸壁が緊張すれば低下し、腸壁が弛緩すれば上昇する。
● バロスタット法では、通常15分以上の基礎測定を行い、刺激を負荷して腸の容量の変化を観察する。