関連痛 referred pain

● 痛みとなる原因が生じた部位から離れた場所に感じる痛み。
● 関連痛はしばしば、深部組織:内臓、筋肉、関節の損傷によって起こる。
● 関連痛の領域のマッピングは、診断の手がかりになる。
● 損傷した深部組織と同じデルマトームに限局している関連痛と、それ以外の関連部位に起こる関連痛がある。
● 痛覚過敏を伴う関連痛と伴わない関連痛に分けられる。

● 内臓に原因があっても、筋肉に原因があっても関連痛が起こると言われるが、同じ概念の痛みだろうか?
● 内臓に原因があると、デルマトームが同じであるなどの関連した部位の皮膚に痛みが生じると言われるが、皮膚よりも深い部位に痛みを感じるように思える。
● 筋肉に原因がある関連痛は、周辺あるいは離れた部位の筋肉に痛みを生じるようだ。
● 関連痛を説明するメカニズムは、内臓痛の関連痛の説明と思われる。
1864年:Martynが、関連痛について初めて記載した。痛みは、損傷領域に限局せず、その近傍や離れた部位にも現れる。(Martyn, S. 1864 On the physiological meaning of  inframammary pain. British Medical Journal 2:296-298.)
1893年:Henry Head(P 1861〜1940, イギリスの生理学者)は、1893年の学位論文で、内臓疾患に伴う関連痛、いわゆる「ヘッド帯 Head’s zone」を調べて、報告した。 “On  disturbances of sensation with especial reference to pain of visceral disease” (Brain,  16(1893), L-133).
1938年:Jonas Henrik Kellgren(P 1911〜2002、Rheumatology at Manchesterの教授)がSir Thomas Lewis(P 1881〜1945, University College Hospital in London)のラボにいた頃に、筋肉痛における圧痛と関連痛の関係を記載した。高張食塩水(6%食塩水)を腱に微量注入しても局所にしか痛みを引き起こさないが、筋内に注入すると、注入局所以外の遠隔部位に痛みを引き起こす。しかもそれぞれの筋特有の関連痛バターンが現れることを報告した。食塩水を上腕三頭筋に注入すると指に痛みを感じ、僧帽筋に注入すると頭痛を起こし、これらの部位に局所麻酔薬を入れると、痛みがおさまることを報告した。このような特定パターンを示す関連痛は、筋に限らず、腱、靭帯、骨膜およぴ皮膚の刺激によっても生じる。さらにKellgrenは、このような関連痛を発生させる過敏なスポットがあり、そのスポットへ局所麻酔薬を注入することによって除痛できることを報告した。
内臓痛の関連痛を説明する諸説(?)
・Morleyの腸膜皮膚反射説↓  ・Sinclairらの説↓
・Mackenzieの収束促通説↓  ・Ruchの収束投射説↓
・上位中枢説↓  ・ヘッドの痛覚過敏帯↓
● 内臓に原因がある関連痛などには、痛覚過敏を伴わない関連痛と痛覚過敏を伴う関連痛に分けられる。
痛覚過敏を伴う
関連痛
⇒メカニズム↓
○ 痛覚過敏を伴う関連痛は内臓器官からの痛覚線維が進入する後根が支配する体節の中に現れる。
○ ヘッド帯:「デルマトームの法則」に当てはまる。
○ しかも、痛覚過敏はしばしば後根が支配する体節の一部に限局している。この場合、皮膚の痛覚過敏とともに筋肉に圧痛があって、しばしば腹壁筋の反射性収縮を伴っている。皮膚の痛覚過敏や筋肉の圧痛は局所麻酔薬によって減弱する。
○ 皮膚の痛覚過敏帯を反復刺激したり、針でつついたりすると、過敏な反応がみられる。
痛覚過敏を伴わない
関連痛
⇒メカニズム↓
○ 内臓からの痛覚線維が進入する後根が支配する体節の広い部位に現れるが、内臓器官からの線維が進入する後根の支配領域の外に感じることもある。
○ 皮膚や深部組織を局所麻酔しても、この関連痛は影響を受けない。

〇 内臓疾患による関連痛
● 内臓の障害であっても特定の部位の皮膚節 dermatomeに痛みを感じる.内臓受容器の興奮が同じ高さの脊髄に入る皮膚からの線維がシナプスする後角ニューロンを興奮させ,この興奮が中枢に伝えられるため,あたかも体表面が痛いように感じられる。

関連痛 内臓痛 体性痛
頭蓋内前頭蓋窩の損傷 同側の眼、眼窩部あるいは、脳頭蓋前部に痛み。
頭蓋内中頭蓋窩の損傷 同側の眼窩の上、側頭部および頭頂部に痛み。
頭蓋内後頭蓋窩の損傷 同側の耳、耳の後ろの部分、後頭部および後頭部と頸の境界部に痛み。
脳の外側部を覆う頭蓋円蓋部の内面の損傷 頭頂部と側頭部に痛み
椎骨動脈解離* 片側の後頭部から後頚部にかけての痛み (頭痛)
眼,鼻,歯,耳などの炎症 頭痛
外側翼突筋、外側翼突筋、咬筋の損傷 顎関節痛
歯髄炎 耳、こめかみ、頬などの痛み。 歯髄痛
心筋梗塞 胸の中央、左胸部、左肩、首、下顎、みぞおちなど。30分以上、前胸部に強い痛みや締めつけ感、圧迫感が続き、痛みのために恐怖感や不安感を伴う。 胸痛
狭心症 胸壁や左腕。痛みの部位は明確でない。痛みは長くても15分まで。 胸痛
右肺炎 右下腹部痛
肺がん 腫瘍が、胸腔内の気管にあれば胸骨上部の裏側に痛みを感じる。
腫瘍が、気管の分岐部にあれば左右の胸骨縁に痛みを感じる。
胆石発作 右肩の痛み。心窩部を中心とした疝痛発作が典型的で、これに関連痛として右肩や背中、腰の痛みを伴う場合もある。 上腹部や右上腹部痛 上腹部や右上腹部痛
胃潰瘍 上腹部の痛み、左背部 心窩部
十二指腸潰瘍 上腹部の痛み、左背部 心窩部
肝がん 右季肋部、心窩部、右肩
胆道疾患 右肩、肩甲部
虫垂炎 上腹部痛、McBurney点 右下腹部
腎結石などの尿路結石 鼠径部や精巣の痛み。下腹部から鼠径部、精巣、外陰部などに放散する場合がある。
泌尿器系疾患
(尿腎・尿管:腎・尿管結石、腎盂腎炎、腫瘍)
腰痛
婦人科疾患
(子宮内膜症、卵巣膿腫、子宮・卵巣腫瘍)
腰痛
消化器疾患
(潰瘍、膵・肝・胆嚢炎症および腫瘍)
腰痛
後腹膜疾患
(後腹膜腫瘍、腸腰筋膿腫)
腰痛
膵炎、膵臓癌 腰痛
腫瘍の腰椎、骨盤への転移(胃癌・腎癌・前立腺癌など) 腰痛
慢性前立腺炎* 会陰部、陰茎の先端、恥骨部、鼠径部、下腹部、大腿部内側、足の裏の痛み
下部腰椎の固定*

固定術後の障害?

殿部から大腿
仙腸関節の固定*

仙腸関節障害では?

大腿後面からふくらはぎ

〇 トリガーポイントと関連痛

関連痛 トリガーポイント
緊張型頭痛 前頭筋、側頭筋、喉頭筋、胸鎖乳突筋、頭板状筋、頚板状筋、僧帽筋、頭半棘筋、多裂筋
指痛 上腕三頭筋
膝関節痛 中間広筋
肩凝りー頭、頸部に関連痛 僧帽筋の下行部と横行部
肩凝りー肩から首に関連痛 僧帽筋の上行部
腰痛 腰部の筋:傍脊柱筋、腰方形筋
背部の筋:多裂筋・回旋筋
下腹部の筋:腸腰筋、腹直筋

● 種々の筋の障害により、関連痛としての腰痛が生じるが、腰椎のレントゲン写真やMRI検査、腱反射などの理学所見や触診などでは診断をつけるのが困難な場合がある。
● 筋筋膜痛症候群は、トリガーポイント刺激による痛みを主症状とする症候群である。
● このような関連痛のメカニズムとして広く知られているのは、脊髄レベルでのニューロンの収束・投射説や収束・促通説であるが、実際にヒトで起こっている感覚現象を十分に説明できるものではない。

〇 関連痛のメカニズムに関する諸説

関連痛の末梢説 ○ Morleyの腸膜皮膚反射説
○ Sinclairらの説
関連痛の中枢説 ○ Mackenzieの収束促通説
○ Ruchの収束投射説
○ 上位中枢説

関連痛の末梢説
[Morleyの腸膜皮膚反射説]

○ 関連痛の末梢説(1931)
○ Morleyは、「虫垂炎の最初の痛みは、真の内臓痛であって、虫垂に原因があって生ずる。遅れて現れる痛みは、壁側腹膜が侵されたためのもので、それが皮膚や皮下組織あるいは筋肉などに関連痛をもたらす。」と説明した。
○ Morleyは、BarronとMatthewsが発見した後根反射を取り入れ、後根反射によって、壁側腹膜の痛みを体壁に感じるという「Morleyの腸膜皮膚反射説」を提唱した。
壁側腹膜からインパルスが脊髄に送られて来ると、後根反射によって脊髄後根の神経線維からインパルスが発生する。このインパルスが末梢に向かって逆行性に進み、末梢終末に到達して局所に化学物質を放出する。放出された化学物質が局所に分布する痛覚線維を刺激して、痛みを生じる。
(Morley, J.A. (1931) Abdominal pain. William Wood, New York.)二重括弧
○ しかし、後根反射によって放出される化学物質が痛覚線維を興奮させることを示す証拠は見出されていない。脊髄の後根を刺激したときに、皮膚の熱刺激に対する反応の閾値が変わるかどうかをみた実験を見ても、求心性線維から放出される化学物質が痛覚線維の興奮性を高めることを示す証拠はない。
(末梢終末から放出されるグルタミン酸は、末梢終末上の侵害受容器を興奮させる可能性がある。)
[Sinclairらの説]
○ 関連痛の末梢説(1948)
○ 関連痛は、軸索反射によって生じる。
脊髄後根神経節にある細胞からの軸索は枝分かれしていて、内臓の皮膚に軸索を伸ばしている。内臓からのインパルスが来て、このニューロンが興奮したとき、脳は皮膚に分布する枝から来たと判断して関連痛を生じる。また、内臓器官からの痛みのインパルスは、脊髄に向かって進むと同時に、軸索反射によって末梢へも進んで、脊髄神経線維の末端から神経活性物質を放出し、局所に分布している別の神経線維を興奮させ、関連痛を生じる可能性もあると説明した。
“Sinclair, D.C., Weddell, G. & Feindel, W.H. (1948) Referred pain and associated phenomena. Brain 71:184-211.”

関連痛の中枢説
● Sturgeは、内臓器官からの求心性インパルスが脊髄に入ると、進入した脊髄分節に”commotion”を生じ、骨格筋反射および自律神経反射を強めると示唆した。
● Rossは、内臓器官に原因があって起こる痛みを、内臓自身に定位される痛みと、腹壁あるいは胸壁のような体壁に感じる痛みの2種類に分けた。
● Mackenzie は、内臓疾患によって生じる痛みは全て体表に感じられると主張した。
[Mackenzie P (1893)の収束促通説 convergence-facilitation theory]

○ 痛覚過敏を伴う関連痛の中枢説
○ Mackenzieは、関連痛を脊髄内のメカニズムで説明した。
○ 内臓器官から痛みの原因となるインパルスが送られ来ても、このインパルスを伝える神経線維は視床へ投射する脊髄視床路ニューロンとつながっていない。←1937年に、Lericheが内臓からのインパルスが脊髄視床路ニューロンを興奮させることがわかって、Mackenzie の説の最初の部分は否定された。
Leriche R 1937 Des douleurs provoquees par l’excitation du bout central desgrands splanchniques (douleurs cardiaques, douleurs pulmonaires) au cours des ssplanchnicotomies. Presse Medicale 45: 971-972
○ 内臓器官からの求心性インパルスは、進入した脊髄分節に過敏性焦点irritable focusを作り出し、その結果、皮膚に痛みを感じる。
○ 皮膚に痛覚過敏があるとき、しばしば紅潮や浮腫を伴う。内臓に侵害刺激が加わると、内臓にも側枝を出す皮膚を支配する痛覚ニューロンが、軸索反射によって皮膚にニューロペプチドを放出するために生じる。これに伴って、対応する脊髄内にもニューロペプチドが放出されて過敏性焦点ができる。
○ この焦点にある広作動域ニューロンに非侵害受容性インパルスが送られてくると、正常時に侵害受容性インパルスが送られてきたときのように興奮して痛覚過敏として感じられる。
(MacKenzie, J. 1893Some points bearing on the association of sensory  disorders and visceral diseases. Brain 16:321-354.)
○ 今日関連痛を説明するメカニズムとしては受け入れられないが、関連領域の痛覚過敏のメカニズムとしては受け入れられる。
[Ruch TC(1947)の収束投射説 convergence projection theory]
○ 痛覚過敏を伴わない関連痛の中枢説
○ 脊髄後角や痛覚伝導路の同一ニューロン群に内臓器官からの求心性線維と皮膚からの求心性線維が収束し、それぞれがこのニューロン群を興奮させる。
○ 内臓器官に異常がないとき、このニューロン群はもっぱら皮膚から送られてくるインパルスによって興奮し、脳はこのニューロン群の活動を皮膚の痛みと結びつけることを学習する。
○ たまたま内臓に異常を生じて、そこから痛みの原因となるインパルスが送られてきてこのニューロン群が興奮すると、脳は過去の学習に基づいて判断を下し、このニューロン群にインパルスを送る皮膚に痛みが定位される。
(Ruch, T.C. Visceral sensation and referred pain. In: Howell’s textbook of physiology, 15th edition, ed. J.F. Fulton. Saunders, Philadelphia, 1947. pp. 385-401.)
(Ruch TC. Pathophysiology of pain. In: Ruch TC, Patton HD, Woodbury JW, Towe AL, eds. Physiology and biophysics. Saunders, Philadelphia, 1961. pp. 350-368. )
(Ruch TC. Pathophysiology of pain. In: Ruch T, Patton HD, editors. Physiology and biophysics: the brain and neural function. 2nd ed. Saunders. Philadelphia. 1979. pp. 272–324. )

● Ruchは痛覚過敏を説明しなかったが、Ruchの収束投射説にMackenzieの収束側通説を取り入れると、痛覚過敏を伴った関連痛を説明できる。
● C線維の脊髄内終末から放出されるSPがNMDA受容体を活性化して、グルタミン酸によるシナプス伝達を促通すると考えられるようになったので、Mackenzieの過敏性焦点が復活したことになる。

● 脊髄視床路ニューロンが皮膚と内臓からのインパルスによって興奮する。
● 皮膚に分布しているC線維にも、内臓に分布しているC線維にも、P物質とCGRPなどのニューロペプチドが含まれている。
● 内臓器官に原因がある時、内臓からの求心性神経からニューロペプチドが放出されて、痛みを中継するニューロンの興奮性が高まっている。ここで皮膚からの触覚入力が伝えられると、反応性が高まっていたWDRニューロンは、触覚入力に対する反応が高まり、皮膚に加わった触刺激が痛覚過敏を生じさせることになる。

[上位中枢説]

○ 関連痛の中枢説
○ Cohenは、内臓からの求心性入力と皮膚からの求心性入力が、脳のニューロンに収束すると考えた。その後、脊髄のニューロンに収束が起こっていることがわかったので、脳に来て初めて収束すると主張するのは難しい。
○ Theobaldは1941年に、内臓器官あるいは皮膚からの求心性入力が脳の認知中枢の神経細胞を直接刺激すると考えた。そしてこの中枢の神経細胞が分節性に配列して相互に、また脳の他の部分よりもさらに一段階上で収束が起こると考えた。

ヘッド帯 Head’s zone, Head’s Areas 痛覚過敏帯

○ 内臓疾患時の痛覚過敏帯
○ Henry Head(P 1861〜1940, イギリスの生理学者)は、1893年の学位論文で、内臓疾患に伴う関連痛、いわゆる「ヘッド帯 Head’s zone」を調べた。 “On disturbances of sensation with especial reference to pain of visceral disease” (Brain, 16(1893), L-133).“
○ いろいろな内臓疾患に伴う皮膚の痛覚過敏帯を、関連痛を感じる場所に証明した。
○ 痛覚過敏帯が内臓からの求心性繊維が入る脊髄後根の支配領域に一致するという「デルマトームの法則」を発表した。
○ ヘッド帯には痛覚過敏だけではなく、発赤と浮腫も生じる。
○ ヘッドは感覚神経障害の性質を調べるため、1903年に自分自身の橈骨神経浅枝の切断実験もしてみた。(1908年、Brainに発表)

● Ruchの収束投射説にMackenzieの収束促通説を取り入れても、ヘッド帯の発赤や浮腫は説明できない。それらに、末梢説を加えると、痛覚過敏と発赤と浮腫も説明できる。
● 後根反射や軸索反射によって末梢に放出されるCGRPは血管拡張作用が強く、SPは、毛細血管透過性亢進作用があり、発赤や浮腫を生じさせる可能性がある。
● 逆に、皮膚が損傷された時に、内臓器官にCGRPやSPが放出される可能性がある。SPは、皮膚では血管拡張作用と毛細血管透過性亢進作用があり、血漿成分が出て行く。内臓ではSPは毛細血管透過性亢進作用はなく、保護作用を持つ可能性があり、これが灸や芥子シップなどによる対向刺激療法 counter-irritationの原理であるかもしれない。