● 手根管症候群:正中神経が手根管の部分で慢性的に圧迫されて起こる絞扼性ニューロパシー、mononeuropathy。
● 正中神経の絞扼によって、親指、示指、中指にしびれ(感覚脱失、異常感覚)や灼熱痛、筋萎縮が生じる。
● 中年女性の利き手に多い。
手根管 carpal tunnel |
手関節の骨、屈筋支帯 および横手根靱帯が作る空間 tunnelである。
その中に、正中神経、浅指屈筋腱、深指屈筋腱がおさまっている。 |
屈筋支帯 Retinaculum flexorum |
手根骨の弧状配列を維持するとともに、浅・深指屈筋腱が滑動する時の滑車の役割をする。屈筋支帯は硬い線維組織であるため、手根管は柔軟性に乏しく、屈筋腱群は腱鞘に覆われたまま正中神経とともに走行している。 |
1854年:James Paget(P 1814/1/11〜1899/12/30, 英国Royal Collegeの外科医、病理学者)が「Lectures on Surgical Pathology」で、橈骨骨折後に正中神経をしばる絞扼た手根管症候群を報告した。 |
1880年:James Jackson Putnam(1846〜1918, マサチューセッツ総合病院の臨床神経部門、ハーバード大の教授)が37例を報告(Arch Med NY)。 |
1913年:Pierre Marie(1853〜1940, フランスの神経学者)とCharles Foixが80歳の男性の手根管症候群の剖検例を報告し、開放術が有効と考察した(Rev Neurol)。 |
1915年:Jules Tinel(P 1879〜1952, フランス人サルペトリエールの神経外科医)が、手根部を叩いた時の放散痛を報告した(Presse Med)。 |
1933年:James R Learmonth(1895〜1967, メイヨークリニック)が手根管開放術を始めた(Surg Clin North Am)。 |
1951年:George S. Phalen(1911/12/2〜1998/4/14, 米国クリーブランド病院の整形外科部長)が、1分間手首を屈曲することの診断価値を述べた(JAMA)。 |
[症状]
● 一側あるいは両側の親指、示指、中指に、ピリピリする疼痛が現れる。
● 患者の8〜9割にしびれ(感覚脱失、異常感覚)が存在し、約2割に灼熱痛が存在する。
しびれ | 感覚脱失 | |
異常感覚 | 刺激が加わったときに感じる異常感覚 | |
自発性に現れる異常感覚 |
● しびれや痛みが朝方や特に深夜に増強し、目が覚めることがある。
● 手を強く振ると、手根管内圧の一時的減少によって(?)、症状が軽減することがある—flick sign
● 母指に筋萎縮が現れることもある。
● 正中神経麻痺→短母指外転勤の萎縮(拇指球萎縮、猿手)
● 正中神経の運動神経伝導速度、感覚神経伝導速度の低下
[病期]
初期: ● 夜間、正中神経支配領域に現れるしびれ感、灼熱感、痛み、感覚鈍麻を特徴とする。 ● 夜間に症状が現れる理由 ○ 横になると、立っている時下肢に溜まった体液が上肢に再配分される。 ○ 筋肉の活動が落ちて、静脈血を心臓に還流する筋肉ポンプの働きがなくなる。 ○ 睡眠時、手を屈曲させるので、手根管内の組織圧が上昇する。 ○ 睡眠時交感神経の活動が落ちて、全身血圧が下がると、外からの圧力によって、正中神経の血流が阻害される。 |
中間期: ● 異常感覚と感覚鈍麻が夜間だけでなく、日中にも現れる。 ● この時期、神経上膜と神経束内の浮腫が持続し、神経内膜の組織圧が恒常的に上昇する。 ● 神経上膜が浮腫に陥ると、繊維芽細胞が浸潤し、痕跡組織を作る。 ● 髄鞘部の形態が崩れ、脱髄がみられる。 |
進行期: ● 神経上膜、神経周膜、神経内膜のすべての線維化が進んで、痕跡が作られ、正中神経の感覚運動機能が失われる。 ● 神経線維は、伝導を停止するだけのニューロプラキシーと、形態学的連続性を失う軸索離断を示す。 |
・中間期以後、末梢神経線維の脱髄と変性、再生が痛みの基礎病変になる。
■ Sunderland 1991
● 不明の特発性のもの
● 局所性病変によるもの
● 全身疾患によるもの
■ Bora & Osterman
【外傷性】
● 手根骨折、特に橈骨下端のColles骨折と、橈骨下端が骨折して、末梢骨片が掌側に転移したSmith骨折
● 手根脱臼
● 手根の変性関節炎
【手関節の使いすぎ】
● 掌背屈
● 把握
● 指運動
● タイプ打ち
【炎症性】
● 非特異的屈筋腱鞘炎
● リウマチ性屈筋腱腱鞘炎(約20%が合併)
● 痛風、偽痛風
● アミロイド症
● 急性石灰沈着性腱炎
● 血腫
【内分泌性】
● 甲状腺機能低下症(粘液水腫)
● アクロメガリー
● 妊娠(妊娠6ヶ月以降に多い)
● 糖尿病
● 閉経
● 腎不全、透析
【腫瘍】
● ガングリオン
● 神経腫
● 良性潰瘍、脂肪線維腫
● 悪性腫瘍
【その他】
● Dupuytren拘縮
● 心不全
● 筋肉の形成異常
● 正中動脈の形成異常
● 好発年齢は女性の場合、妊娠出産期と更年期に多く、更年期が6割占めていると報告されている。
● 利き手の発症率が高いが、患者の約1/3が両側性に罹患している。
● 妊娠の18-31%に手根管症候群を疑わせる自覚症状があり、7-10%に正中神経の伝導速度の低下がみられる。妊娠による浮腫によって、手根管の結合組織が腫脹して、手根管症候群が現れると考えられる。出産してから数ヶ月も続くことがある。
● 手関節を反復して動かす職業(マッサージ、タイピスト、コンピュータープログラマー、研磨、床磨きなど)に従事している人に送りやすい。
● 関節リウマチ患者では約10%にみられるとされており、見逃されている症例が多いと考えられている。
[メカニズム]
[治療]
● 初期には、副子固定による局所安静や、ステロイド局所注射
● 筋萎縮や筋力低下のもの、電気生理学的に異常所見が見られるものでは、掌側手根靱帯を縦切あるいは、正中神経の徐圧(母指対立筋の筋萎縮が強い症例では母指対立再建術を追加することがある。