頚肩腕痛-肩凝り stiff neck(Stiff shoulders)

● 肩凝りは、症状であり、疾病名ではない。
● 後頭部から肩、および肩甲部にかけての筋肉の緊張感を中心とする不快感、違和感、鈍痛などの症状、愁訴。
● 厚生労働省が3年ごとに行っている国民生活基礎調査で毎回、15歳〜64歳の女性の愁訴第1位(男性は腰痛)。

● わが国では、夏目漱石の「門」(1910年=明治43年)で、「肩が凝る」という言葉がはじめて使われた。*
「指で圧してみると、頸と肩の継目の少し脊中へ寄った局部が、石のように凝っていた。およねは男の力一杯にそれを抑えて呉れと頼んだ。宗助の額からは汗が煮染み出した。それでもおよねの満足する程は力が出なかった。」
● 明治時代では一般には、「肩がはる」が使われていた。樋ロ一葉の「ゆく雲」(1895年=明治28年)では、「肩がはる」という表現が使われていた。
「お縫は生母を亡くし、継母に養われている。この下宿屋のおかみは「大名の分家と利かせる見得ぼうの上なし、下女には奥様といはせ、若物の裾のながいを引いて、用をすれは肩がはるという」といやみな女でした。」  しかし、⇒「頭痛肩こり樋口一葉」(井上ひさし)

● 何の病気がない人でも肩凝りを持つことが多いが、肩凝りは何らかの病気の症状の一つになっていることがある。
◇肩凝りの原因となる代表的な病気
1. 脊椎の疾患
2. 肩関節の疾患
3. 胸郭出口症候群
4. 内科疾患(高血圧、低血圧、動脈硬化、貧血、心筋症、心臓の冠動脈疾患、狭心症、心不全、肺疾患、胸膜炎、肺結核、甲状腺疾患、肝臓疾患、胆石、胆嚢炎、更年期障害)

● 肩凝りの中で最も目立つのが、肩甲骨を持ち上げる僧帽筋 Trapezius muscleの凝りである。
◇ストレスや筋肉の使いすぎによる肩凝りは、通常僧帽筋に現れる。
 ー僧帽筋は、下行部、横行部および上行部の3部に分けられる。
 ○ 各部にしこり(索状硬結)を伴うトリガーポイントの好発部位があり、トリガーポイントを圧迫すると関連痛が現れる。
 ○ 下行部と横行部のトリガーポイントを圧迫すると、頭、頸部に関連痛が現れる。
 上行部のトリガーポイントを圧迫すると、肩から首にかけて関連痛が現れる。

 ○ 精神的な緊張が高まった時に肩に力が入ると、これらの筋が持続的に収縮する。その結果、血流障害を伴う筋収縮による発痛物質の蓄積が起こって、筋肉痛:肩凝りとなる。
 ○ この段階で肩凝りが始まっている。肩の筋肉が収縮した状態が持続したり、反復したりすると、ピンと張った筋線維の束:しこり=索状硬結が現れる。このしこりにトリガーポイントが見出され、そこを圧迫すると離れた場所に関連痛を感じる。⇒筋筋膜痛症候群
 ○ 肩たたき、マッサージ、筋のストレッチが筋筋膜痛症候群の拘縮を解除し、肩凝りがやわらぐ。
僧帽筋の筋力が弱い女性の方が肩こりになりやすい。僧帽筋では、速筋と遅筋の両方の筋線維の直径は、男性よりも女性の方が細い。

◇肩関節と直立歩行
 ○ ヒトは直立して歩行し、手を自由に使えるようになって、大きな脳をもつことができた。それを可能にする骨格の変化が起こった。その代わり、肩を持ち上げる必要が生じ、僧帽筋、肩甲挙筋 Levator scapulae muscle に負担がかかる。

 ○ ヒトの肩関節は、あらゆる関節の中でもっとも広い運動範囲を持っている。
 ○ ウマやイヌは鎖骨を持たない。これらの動物が四足で直立すると、肩関節の関節窩が水平になる。
 ○ 鎖骨を持つ人の胸郭は横幅が広く前後径が短くなっている。そのため人の肩関節は横に移動し、腕を360度回すことができる。その代わり、ヒトが直立歩行すると肩関節の関節窩がほぼ垂直になる。
 ○ 肩関節に上肢がぶら下がっているので、肩が下がりやすい。肩関節の関節法の上部を複数の靱帯が補強している。これらをさらに回旋腱板が補強している。

◇欧米人には「肩凝りがない」と言われるが、同様の症状は欧米にもみられる。
 ○ 日本人の考える肩凝りの「肩」は首の付け根から肩の関節までの間の部分であるが、この部分は欧米では、首あるいは胸郭に含まれる。
 ○ 欧米人にとっての「shoulder」は肩関節の周りに限られるので、肩凝りがない。
 ○ 英語の「shoulder pain」や「stiff shoulder」は、「肩の関節部」「肩先」や「肩甲骨」を中心とした部分の痛みや凝りを指し、これらはスポーツや事故による痛みや凝りを意味することが多い。
 ○ 「stiff neck(首の凝り)」あるいは、「Trapezius Myalgia(僧帽筋の筋肉痛 )」と呼ばれる痛みが、日本人の肩凝りに近い表現。

● 首が回しにくかったり、頭板状筋などが硬く張っている場合は、軽度の痙性斜頸の可能性がある。ボツリヌス療法を行う際は健康保険の適応疾患を確認すること。
● 頚部、肩の運動療法が効果的。日本整形外科学会提唱 肩の体操療法
http://www.joa.or.jp/jp/public/sick/condition/stiffed_neck.html
● 専門医へのコンサルト
● 片側の増強するしびれ、筋力低下、筋萎縮は高度の神経症状を疑うため整形外科専門医へコンサルトを行う。うつ病など精神疾患によるものも多いため2週以上継続する「意欲の減退」、「興味または喜びの喪失」がある場合は精神科専門医へコンサルトを行う。
● 患者説明のポイント
● 薬物療法は運動療法に勝るものではない。症状は完全に消失しないが、運動療法と予防を継続的に行うことで日常生活や就労に支障が無くなることを説明する。安静より日常生活や就労を行うほうが好ましい。症状が完全に消失しなくとも薬物療法は逓減させる。鎮痛薬投与や貼付剤は頓用で可能である。