痛みの感情説

快感と相反する情動は、すべて痛みであるとするもの。
BC4C頃 痛みが感覚の種類 modalityであるという説は、比較的最近のことで、Aristotle Pの時代に遡ると、痛みは感覚と言うよりもむしろ情動ー感覚と正反対ーと考えられていた。

1894年 : 19世紀の終わりに、von Freyによる特殊説↑と、Goldscheiderによるパターン説↑との論争に対して、Henry Rutgers Marshall(1852〜1927, アメリカの心理学者)が1894年に革新的な説を唱えた。「あなた方両家にとりついた疫病;痛みはすべての感覚の出来事を彩色する情動的質emotional quality、あるいは普遍的特質 qualeである。」

快感と相反する情動は、すべて痛みであると主張した。家族に先立たれた悲しみや、お粗末な演奏会の音楽を無理矢理聴かされる迷惑なども、すべて「痛み」であると主張した。

Sir Charles Sherrington(P 1857〜1952, イギリスの生理学者)(1900)は、「やけどをしたときの痛み」と、「まさにこの上もなく恐ろしいほどの不協和音を聞いた音楽家の痛み」とは異質なものであると述べている。したがって、Marshallの「痛みは感情である」という主張には無理があった。

Marshallの見解は批判されたが、極端な見解が取られたことによって、特殊説やパターン説に含まれていない痛みの側面に関心を寄せられるきっかけとなった。

痛みには負の情動が含まれ、痛みが動機づけとなって、行動が引き起こされる。痛みのために何らか行動を引き起こし、痛みを止めるための最も効果的な行動がひきおこされる。

1900年: 痛みが感覚要素と感情要素から成ることは、Sherrigton (1900)にとって明らかであった。「精神はどんな対象をも完全な無関心で、すなわち「感情」なくして受け入れることは稀であり、多分決してないだろう・・・・・、すべての感覚の一つの属性であり、皮膚感覚の属性の一つに皮膚の痛みがある。」
20世紀初め: 20世紀初めの内省主義の心理学者達も、痛みの感覚的質と情緒的質をはっきり区別している。

Titchener(1909〜1910)は、意識に上る経験には、快に始まって、と不快に至るあらゆる程度の感情は、感覚とは明確に異なることを確信していた。彼は、「歯の痛みは、痛みは特定の場所、すなわち『歯の中』に限局される。しかし、それによる不快感は、経験全体を覆い、意識全体にまでわたってしまう。『痛み』という言葉は、・・・・歯痛経験全体を意味しているのである。」と記述している。

20世紀中の感覚生理学と精神物理学の顕著な発達は、感覚としての痛みの概念に弾みを与えたが、情動的動機づけ過程の役割が軽視される結果となった。痛みを感覚としてとらえることは、それ自体有意義であったが、痛みの過程を完全に描き出すことはできない。痛みの動機づけの面を無視してきたことが、痛みの研究に深刻な分裂を作ってしまった。心理学や生理学の教科書にも痛みは取り上げられているが、ある章では「痛み感覚」が扱われ、他の章では「嫌悪の動因や罰」が扱われて、両者が同一現象の異なる一面であることは示されていない。この分離は、「痛みのインパルス」が皮膚の特殊な痛み受容器から脳の痛み中枢へ直接伝達される、という暗黙の心理学過程を持つvon-Frey↑の痛みの特殊説が広範に受け入れられることを反映している。
痛みが一次的な感覚であるという仮定は、動機づけの仮定を「痛みに対する反応」であり、痛みの全過程の中で「2次的に考慮すべき問題」であるとされるに至った(Sweet, 1959)。痛みの感覚的な過程、動機づけ過程、認識的過程は、並列的な相互作用する系の中で同時に起こっていることは明らかである。