痛みのパターン説と強度説および加重説

パターン説 pattern theoryには強度説 intention theory, Intensity theory, intensive theory、加重説 summation theoryなどがある。
パターン説は皮膚のあらゆる受容器に対応する感覚神経線維はなく、皮膚からの感覚神経線維のインパルスのパターンが痛覚の決め手となるとするGoldscheiderの考えであり、痛みの認知には、多様なクラスの感覚神経を活性化するような強い刺激により、痛みとなる感覚入力の特定のパターンが生じた結果生じるものとする。
強度説は痛みには固有の受容器や特異的な伝導路はないが、低閾値の機械受容器や温度受容器がある一定以上の刺激の強度や頻度によって痛みが起こるという説。
強度説では、侵害刺激によって低閾値受容器は特に高頻度でインパルスを発射するとしているのに対し、パターン説では侵害刺激によって、非侵害刺激の場合とは異なる特別なパターンを示すインパルスが誘発されるとする。
両仮説とも、中枢神経系は変調された求心性入力を痛覚と解読すると解釈している。
痛みの加重説は末梢から伝わった信号が中枢の加重機構によって痛みが生じるとするもの。

<年表>
BC4C頃: Aristotle P 以来、「痛みを快感に相対する情動」と主張し続けられてきて、すべての感覚が過度に強まると痛みになるという、19世紀の「強度説」と同じ様な考え方がすでにあった。

AD2C Claudius Galen(P 131-201)は、病気による痛みは末梢神経によって伝えられ、末梢神経が中等度に刺激されると快い感覚を生じ、それが強く刺激されると痛みが起こると説明した。皮膚では末梢神経に中等度の刺激が加わると触覚、強い刺激が加わると痛みをひき起こすと考えた。

1794年: Erasmus Darwin(P 1731年〜1802年 Charles Darwinの祖父)は、生物進化について考えをまとめ「ゾーノミア Zoonomia」の中で、過度の刺激によって温覚、触覚、視覚、味覚あるいは嗅覚が誇張されると痛みが起こるという考えを発表した。

Wilhelm Max Wundt(P 1832年〜1920年、ドイツの生理学者、心理学者、実験心理学の父)は、「強度説」の立場をとり、痛みの受容器は、熱、寒冷、触刺激などの受容器と同じであると主張した。これらの受容器からきたインパルスの強さが中等度のときには、温度感覚や触覚をおこす脊髄内上行性伝導路が興奮し、末梢受容器からのインパルスが過度に増強すると、痛みをおこす脊髄内上行性伝導路が興奮すると考えた。したがって、感覚の分化は、末梢ではなく脊髄以後で起こるということになる。

1874年: Wilhelm Heinrich Erb(1820〜1921, ドイツの神経学者*)は、あらゆる感覚刺激の強さが充分であれば痛みが生じ、これらの感覚は脳で加重が起こり痛みと認知されるとした。
1894年: Alfred Goldscheider(P 1858〜1935, von Frey↑の弟子、ベルリンの生理学者)は、はじめはvon Freyの説の庇護者↑であったが、痛み刺激に対する特殊受容器の存在に疑問を投げかけ、皮膚の過度の刺激と、中枢における加重によって生じるとと主張した最初の人である。

痛みには適当刺激がなく、どんな感覚受容器でも刺激を強くすると痛みを生じると考えた。von Freyと同じような器具を使って、皮膚に加える機械的刺激の強度を強めていくと、感覚は触覚から痛覚に変わったので、触覚と痛覚情報は、同一神経に起因することを示唆した。

Goldscheiderは病理学的痛みの研究、特にBernhard Naunyn(1839/9/2〜1925/7/26, ドイツの病理学者、Otto Loewiの師匠)の脊髄癆の研究に影響された。

Goldscheiderのパターン説、あるいは加重説は、痛みを誘発する神経インパルスの個々のパターンは、脊髄後角での皮膚感覚入力の加重によって引き起こされる。正常状態では、非侵害性の温度刺激や触刺激によって発火する受容器が過度に刺激された結果、あるいは、正常状態では非侵害刺激でも、インパルスの加重を促進する病的な状態の結果として、細胞の出力の総計が臨界値を超すと、痛みが生じる。病的な痛みの状態でみられる潜時の遅延と持続痛は、加重が異常に長く続くためであると想定した。

さらに彼は、痛みの信号を脳へ伝える脊髄の「加重経路」は、伝導速度の小さな多シナプス性の神経線維の連鎖であると提唱した。

脊髄後索の経路を上行する太い神経線維は、弁別性の良い皮膚の触覚に関する特異的な情報を伝達すると推定した。

1943年: William K. Livingston(P 1892〜1966, 外科医)は、カウザルギーなどの痛みの症候群における著しい中枢での加重現象を説明する特殊な中枢神経機構、を示唆した最初の人である。*

Livingstonの中枢加重説 central summation theory →悪循環説

Livingstonは、感覚神経の末梢神経損傷後に起こるような病理的な刺激が脊髄のニューロン・プール内の反響回路の活動を引き起こすと提唱した。こういう病的状態では、正常なら非侵害性の入力であっても、これが引き金となって異常活動が出現し、中枢では痛みと解釈される神経インパルスの一斉放射を引き起こす。

幻肢痛、カウザルギー、神経痛を分析すると、これらの痛み症候群の基礎となるメカニズムの少なくとも一部は、中枢神経系の内部に求めざるを得ないことがわかる。

幻肢痛では、手足に対するはじめの損傷またはその除去に伴う外傷が脊髄側角の閉じた自己興奮的ニューロン・プールにおいて異常な発火パターンを引き起こし、それが痛みの元である神経インパルスの一斉放射を脳へと送らせる。

1949年: Donald Olding Hebb(1904〜1985, McGillの心理学)は、末梢から中枢までのどのレベルで体性感覚経路が損傷されても、しばしば痛みが生じることを指摘して、痛みは中枢の加重機構によって生じると考えたが、脊髄の活動に集中して注意が向けることを避けていた。

Hebbの中枢加重説

Hebbは、視床皮質神経回路における同期性発射が、痛みの信号を供給すると提唱している。

視床回路の活動パターンに対する感覚性制御が失われると、脳細胞に過剰な同期性発射が生じ、正常なら知覚や認知過程の基礎となる活動パターンを破壊し、この破壊そのものが痛みであると示唆した。

1955年: Graham Weddell(P 1908〜1990, Oxfordの解剖学者)もD.C. Sinclairも、Nafe(1934年)がそれ以前に行った示唆に基づいて末梢パターン説を支持した。  —感覚受容器は一様であるが、感覚受容器が発生する特別な神経インパルスの空間的・時間的パターンによって痛み知覚が生じると示唆した。

末梢パターン説 peripheralral summation theory

もっとも単純な形のパターン説は、基本的には中枢におけるパターン形成よりは、むしろ末梢におけるパターン形成に関係がある。

すべての皮膚感覚の質の違いは、感覚の種類毎に特殊化された伝達経路によるというものではなく、むしろ神経インパルスの空間的・時間的パターンの異なることによって生じるというものであるというNafe(1934年)の初期の示唆に基づいている。

この説の主張は、すべての神経終末が一様であり、したがって、特殊性を持たない受容器を強く刺激するときに、痛みを起こすパターンが生み出されるというものである。

末梢を過度に刺激すると、中枢で痛みとして受け取られる神経のインパルスのパターンが末梢で作られ、それによって痛みが生じると考えられている。

しかし、生物学的証拠は、高度の受容器の特殊化を示している。WeddellとSinclairのパターン説は、生物学的特殊化の事実を無視しているために、理想的な説とは言えない。

→個々の受容器ー神経線維単位の特殊化された生理学特性(異なった刺激に対する閾値、順応の速さ、受容器の大きさなど)が、刺激が皮膚に加わったときに形成される、時間的パターンの特徴を決定する上で重要な役割を果たしていると仮定することがより理にかなっていると言えよう。

1959年: Ainsley Iggoらが皮膚のC侵害受容線維から記録を行った。
1959年: William Noordenbos(P 1910〜1992、アムステルダムの脳外科医)は、特殊化された入力制御系が通常は加重の発生を防止しているが、これが傷害されると病的な痛み状態をもたらすという説を提唱した。

感覚相互作用説 Sensory Interaction Theory

この説は、「伝導速度の遅い痛み系」を抑制する「伝導速度の速い系」の存在を想定したものである。

歴史的には、この2つの系は、

病的状態→速い系は遅い系に対する優位性を失う。

Head, 1920 識別性 epicritic 感覚系と

原始性 protopathic 感覚系 原始性感覚が生じる。

Bishop, 1946 速い感覚系と遅い感覚系 遅い痛みが生じる。

Bishop, 1959 系統発生的に新しい系と古い系 局在性の悪い焼けるような痛みが生じる。

Noordenbos, 1959 有髄線維系と無髄線維系 痛覚過敏が生じる。

 

Noordenbosの説

脊髄後角には、直径が細く、速い伝導速度の体性求心性線維と、内臓からの細い求心性線維が、脊髄後角ニューロンに投射している。

細い神経線維が痛みを起こすインパルス・パターンを伝えるのに対して、太い線維はその伝達を抑制していると考えられている。

末梢神経障害後に、太い神経線維がより多く減少し、細い線維の占める割合が増加することが報告されている。

太い神経線維に対する細い神経線維の数の比率が変わると、細い線維の方が多くなると、神経回路の増加、加重、病的な過度の痛みが生じる。

脊髄における多シナプス性の求心システムの概念が、太い神経線維による感覚入力の制御と同様に重要である。末梢から中枢への直行系の概念と著しい対照をなして、脊髄視床路切断術で痛みを除去できない理由を説明するのに有力である。

脊髄を横断して切断しなければ、上行性の多シナプス性の求心システム中のの広範に発散する神経結合はすべて廃止することは、できるとしても稀なので、脳へ上行するインパルスの「漏れ」が必ず起こって、痛みが生み出される。

これとは対照的に、交感神経切除は、細い神経線維を破壊し、抑制効果を持つ太い線維を多く残す、これが中枢加重の傾向を減弱させ、その結果として、痛みが抑えられる。

 

1962年: On the nature of cutaneous sesory mechanisms (Brain 85:301-356)

—Melzack & Wall :皮膚の感覚受容は種(modality)特異的ではない。

多くの受容器が、少なくとも2種類以上のエネルギーの狭い強さの範囲、たとえば機械的エネルギーと熱エネルギーに反応し、しかも侵害刺激に特異的に反応するものがあるとは考えられない。

そして、種の異なる皮膚感覚は、末梢神経のインパルスのユニークなパターンを中枢神経系が読み取ることによって引き起こされる。

—痛覚は触覚などの感覚とは異なるという意味では特殊説であるが、種の違うエネルギーに反応する特殊な受容器や感覚線維はなく、異なる種の痛みはパターン説で説明できる。gate control theoryはこの説の延長線上にある。

 

1996年: Arthur D. (Bud) Craigらの「thermal grill illusion」

本来痛みを感じさせない暖かいバーと冷たいバーを交互に並べているグリルに手を入れると痛みが引き起こされるメカニズムを説明した。

「中枢性の脱抑制やアンマスキング処理を基礎とした大脳皮質レベルでの痛み知覚の統合」 ←Thunberg’ illusion