統合失調症 Schizophrenia

● 「Schizophrenia」は、ギリシャ語で「分裂」を意味する「schizo」と、横隔膜を表わす「phren」であり、古代ギリシャの医学者達が魂は横隔膜にあると考えていたことに由来する。

● DSM-IV-TR
295.30 妄想型 Paranoid Type
295.10 解体型 Disorganized Type
295.20 緊張型 Catatonic Type
295.90 鑑別不能型 Undifferentiated Type
295.60 残遺型 Residual Type
ICD-10
F20.0 妄想型統合失調症 Paranoid Schizophrenia
F20.1 破瓜型統合失調症 Hebephrenic Schizophrenia
F20.2 緊張型統合失調症 Catatonic Schizophrenia
F20.3 鑑別不能型[型分類困難な]統合失調症 Undifferentiated Schizophrenia
F20.4 統合失調症後抑うつ Post-schizophrenic Depression
F20.5 残遺型[残遺]統合失調症 Residual Schizophrenia
F20.6 単純型統合失調症 Simple Schizophrenia
F20.8 他の統合失調症 Other Schizophrenia
F20.9 統合失調症、特定不能のもの Schizophrenia, Unspecified
● 統合失調症は若年期に発症し、幻覚妄想などの陽性症状、感情鈍麻や意欲の減退といった陰性症状を発現して、古くは次第に慢性化・荒廃化すると考えられてきた。しかし抗精神病薬、特に近年の非定型抗精神病薬の開発によって、多くの統合失調症患者の社会復帰が可能になってきているが、その一方で疾患の病態生理は未だに不明な点が多く、薬物の開発や臨床利用も経験的な方法によるところが多いのが現状である。
1809年:James Tilly Matthews(1770〜1815, ロンドンのティーブローカー)の症例(1797年)はPhillipe Pinel(1745〜1826, フランスの精神科医、パリ郊外のビセトール病院の閉鎖病棟を開放した精神科医)によって報告された。
1852年:Bénédict Morel(1809/11/22〜1873/5/30, フランスの精神科医)が若年性の症例を症候群として初めて公式に記述し、「Démence précoce(早発性痴呆)」と呼んだ。
1871年:Ewald Hecker(1843/10/20〜1909, ドイツの精神科医)が「破瓜病」(Die Hebephrenie)を著した。
1874年:Karl Ludwig Kahlbaum(1828/12/28〜1899/4/15, ドイツの精神科医)が「緊張病」(Katatonie) を著した。
1891年:Arnold Pick(1851/7/20〜1924/4/4, ドイツの神経学者、精神科医)は統合失調症の症例に「dementia praecox」という用語を使った。
1899年:Emil Kraepelin(1856/2/15〜1926/10/7, ドイツの精神科医、近代精神医学の父)が「Dementia Praecox(早発性痴呆)」を著した。二大内因性精神病として精神分裂病の原形となる早発性痴呆と躁鬱病を定義した。破瓜病、緊張病に妄想病を加えてまとめた。
1911年:Eugen Bleuler(1857/4/30〜1939/7/15, スイスの精神科医)は、『必ずしも精神荒廃の予後を迎えない、青年期以外の年代でも発症する、痴呆というよりも思考と言語・認知領域に及ぶ精神機能の統合性の障害である』として、「Schizophrenie」↑と改名し、疾患概念を変えた。
1935年:António Egas Moniz Pによるロボトミーの開発
1937年:日本精神神経学会の精神病学用語統一委員会がそれまで日本国内では、Schizophrenieの日本語訳を「(精神)分裂病」とする試案を提出した。それまでは「精神内界失調疾患」「精神解離症」「精神分離症」「精神分裂症」などの様々な訳語が使用されていた。
1938年:Ugo Cerletti PとLucino Bini による電気痙攣療法
1950年:世界初の抗精神病であるクロルプロマジンの開発
1957年:クロルプロマジンより優れた抗精神病薬として、Paul Janssen Pによるハロペリドールの開発
1984年:非定型抗精神病薬のリスペリドンの開発
2002年1月19日:「精神分裂病」という名称が、精神そのものが分裂しているというイメージを与え、患者の人格の否定や誤解、差別を生み出してきた経緯があることから、日本精神神経学会は精神分裂病の名称を「統合失調症」に変更することを承認した。
2002年8月:厚生労働省が新名称「統合失調症」の使用を認め全国に通知した。

[統合失調症の痛覚鈍麻と痛み]

■ 統合失調症の痛覚鈍麻

● 一般に統合失調症の人は普通の人たちより痛みに強い、鈍感だと言われている。
● 通常であれば、激しい痛みを伴う腸閉塞なども、手遅れになることがある。血圧の急激な低下とか、吐き気、腹部の違和感・膨満感、ふらつきなどによって医療機関を受診し、発見されることも少なくない。

■ 統合失調症の痛み

● 統合失調症の痛みで、とりわけ頭痛の訴えが多く、痛み行動の構造を備える。
● うつ病における痛みが身体の内からかかる重圧による重さの感覚に特徴づけられるのに対し、統合失調症における痛みは、基本的には謎めいた他なる力による身体の圧力に関係する。
● 統合失調症における痛みは、初期、急性期、慢性期、または寛解期いずれの時期にも出現し、特に急性期には体幹幻覚の症状列に入るものが多い。
● 統合失調症の痛みでは、身体被影響体験や幻聴などの、いわゆる陽性症状を伴っているものが多い。
● 統合失調症において、身体の痛みは、全身の疲労感を伴うことが多い。この疲労感は患者の異質な印象を与え、不自然な性格を帯びる傾向がある。
● 患者が訴える痛みを裏付ける身体病変が見つからないからといって、真性の痛みではなく、単に主観的なものにすぎないと軽視してはいけない。
自殺企図につながることもある。

[統合失調症の症状]

陽性症状 positive symptoms=非欠陥症状
(通常はないのに出現した症状)
陰性症状 negative symptoms=欠陥症状
(通常はあるのに失われた機能)
● 幻覚(幻聴、幻視など)
● 妄想
● 思考の障害(洞察力の欠如、支離滅裂な言語など)
● 強いイライラ
● 激しい興奮
● 感情の平板化
● 興味の喪失
● 引きこもり
● 意欲の低下
● 身だしなみ、衛生面に無頓着
● 食事に無関心
● 気分の落ち込み
● ドーパミン仮説、グルタミン酸仮説
● 中脳辺縁系(腹側被蓋野から側坐核)におけるドーパミンの過剰が関与
● セロトニン仮説、グルタミン酸仮説
● 中脳皮質系(腹側被蓋野から前頭葉や側頭葉)が関連
カタレプシー(強硬症) catalepsy ←→無動
● 緊張病症状群の昏迷症状の一つ
● ある姿勢をとらせると、不自然な姿勢であっても自らは元に戻らず、長時間そのままの姿勢を保ち続ける状態
● 典型的には統合失調症の緊張型で起こるが、脳器質性疾患、心因反応、 転換性障害、催眠でも起こりえる。
認知機能障害(認知症関連症状)
● 計画性の欠如・情緒(思考)の柔軟性低下・記憶の障害
● 認知関連症状は知的機能(記憶、注意、言語発達、実行機能)などの基本的分野の欠如を含み、職場や家庭での関係機能の欠落との関連性が高いとされている。
● ときに生活習慣や抗精神病薬の副作用などから様々な身体合併症を発症する。

[原因]

■ 統合失調症のグルタミン酸仮説  glutamate hypothesis of schizophrenia

● グルタミン酸仮説は、グルタミン酸神経機能の低下によって統合失調症が発症するという仮説
● NMDA受容体アンタゴニストであるフェンサイクリジン(PCP)やketamineが統合失調症様の精神症状を誘発する臨床的事実に基づいている。
● 統合失調症の陰性症状(あるいは陽性症状と陰性症状の両方)を説明する仮説。
● グルタミン酸受容体阻害物質は幻覚や妄想といった陽性症状だけではなく、引きこもり、意欲低下・減動、感情の表出障害といった陰性症状も引き起こす。
● グルタミン酸仮説は従来のドーパミン仮説では説明のつかない部分をカバーできることから、グルタミン酸仮説が脚光を浴びるようになった。

1970年代:ワシントンでのフェンサイクリジンの乱用から統合失調症患者の脳ではグルタミン酸神経の活動が阻害されているのではないかということが強く疑われた。
1980年:Kim JS(ドイツのUlm大学)らが、20例の統合失調症と44例の対照を調べ、髄液のグルタミン酸濃度が患者で対照のおよそ1/2まで減少していることを報告し、グルタミン酸仮説を提唱した。しかし、その後の研究では同様の髄液所見は再現されなかった。
1983年:PCPがNMDAで誘発される脱分極を遮断することが見出され、NMDA型グルタミン酸受容体のイオンチャンネルを非競合的に阻害することが報告された。
1987年:Javittらが「統合失調症のフェンサイクリジンモデル」としてまとめ、現在のグルタミン酸仮説の骨子となった。
1989年:PCPを投与された実験動物で、統合失調症と同じ神経生理学的異常が報告されている。
● さらに、連鎖解析で絞り込まれた4つの染色体領域から、相次いで遺伝子が同定された。それらが4つともグルタミン酸神経と関連していた。
● 統合失調症死後脳の大脳皮質においてNMDA受容体グリシン結合部位の増加が検出され、グルタミン酸/D-セリン系機能低下に対する代償的変化である可能性が考えられている。

■ 統合失調症のドーパミン仮説  Dopamine hypothesis of schizophrenia

● 高次精神機能や情動、認知に関わる大脳辺縁系・中脳辺縁系のドーパミン系神経伝達の過剰活動によって統合失調症の陽性症状が出現するという仮説
● 「過覚醒」の状態になり、幻覚や興奮などの症状が起きるという説
● 「定型抗精神病薬の化学構造の異なるフェノチアジン系、ブチロフェノン系の薬が、同様な効果と副作用があるのはなぜか、脳内のどこに作用しているのか?」と言う疑問の解明のために↓
● 1963年にArvid Carlsson(1923/1/25〜, スウェーデンGoteborg大学の神経精神薬理学者、2000年 のノーベル生理学・医学賞)とMargit Lindqvistは、ドーパミンの働きを止める作用のあるものは統合失調症の治療に働き、ドーパミンの活性を亢進させるものは統合失調症の症状を作り出すことから、統合失調症のドーパミン仮説を提唱した。
● 「ドーパミン仮説」は誕生して以来、統合失調症の病態仮説として批判と修正を受けながら生き延びてきた。
● 抗精神病薬が臨床力価と比例したD2受容体遮断作用をもつことや、アンフェタミン類、コカインなどのDA作動物質が、統合失調症様の幻覚・妄想状態を惹起する事実に基づいて、統合失調症では、脳のドーパミン伝達が亢進している可能性が推定されてきた。
 ○ ドーパミン受容体遮断薬は脳全体の機能を鎮静し激しい興奮などを抑制するが、前頭葉のドーパミンも阻害し、認知障害や陰性症状を悪化させる。
 ○ アンフェタミンなどのドーパミン伝達を過剰にする薬物の乱用は妄想幻覚などの副次症状のみを引き起こす。
● Seemanらは1993年に、統合失調症死後脳の線条体ではD4受容体が著しく増加していることを示した。錐体外路性副作用が少なく、陰性症状もある程度の改善が期待でき、10-9〜10-8nMのオーダーの高い親和性を示す唯一のDA受容体サブタイプがD4受容体であることから、この発表は大きな反響を呼んだ。しかしながら、その後の追試の結果は一致をみていない。
● D2受容体だけでなく、D1受容体の変化も統合失調症の認知障害との関連性から注目されている。前頭前野のD1受容体は、記憶や認知機能に関係することが明らかにされているが、統合失調症患者では、認知課題遂行時の帯状回の活性化が障害されており、この低活性はDA作動薬の塩酸アポモルヒネの投与によって改善される。
● Okuboら(1997)はPETを用いた研究で、前頭前野のD1受容体結合能が有意に低下していることを見出した。この低下は、未服薬の患者に限っても有意であり、陰性症状の強さと逆相関していた。また、Wisconsin Card Sorting Testで遂行障害を示す患者群のほうが顕著である。

● 中脳辺縁系(腹側被蓋野から大脳辺縁系)—統合失調症の陽性症状に関連していると考えられている。
● 中脳皮質系(腹側被蓋野から前頭葉や側頭葉)—統合失調症の陰性症状に関連していると考えられている。

■ 統合失調症のセロトニン仮説  Serotonin hypothesis of schizophrenia

● ドーパミン遮断作用のみの抗精神病薬(ピパンペロンなど)では陰性症状が改善されず、ドーパミン遮断作用だけでなくセロトニン遮断作用のある抗精神病薬に陰性症状への効果を認めたことから、セロトニンが陰性症状の発現に関与していると考えられた。
● ただし、セロトニン遮断作用だけがある薬剤では抗精神病作用が得られず、抗精神病薬との併用で陰性症状への効果が認められることから、ドーパミン神経系とそれを抑制的に作用するセロトニン神経系とのバランスが崩れ、中脳皮質系におけるセロトニン系の優位が陰性症状の発現に関係しているとされている。

■ 統合失調症のキヌレン酸仮説  Kynurenic acid hypothesis of schizophrenia

● 統合失調症患者の死後脳や脳脊髄液ではキヌレン酸が増加→NMDA受容体機能低下

■ フィルター障害仮説 filter hypothesis=ゲーティング機能障害説 sensory gating deficits in schizophrenia

● 統合失調症などの精神疾患の患者では、周囲の不必要な雑音などが意識に上らないようにシャットアウトする感覚ゲーティング機構が弱まる症状がみられる。 統合失調症では、この感覚フィルター機能に障害があるために、不必要で無関係な信号が大脳皮質に過剰に伝達され、思考障害や困惑などの症状が起こる一因になっていると考えられている。
● 統合失調症の患者では、感覚情報のゲーティング機構が破綻してしまい、大脳には「感覚情報の洪水」が押し寄せた状態となる。
● ゲーティング機構、フィルターが障害されると、気にとめないですむ音にも敏感になり、周囲の人のしぐさや表情なども気になる。「笑っているのは何か特別な意味があるのではないか」と疑い深くなったりもする。
● 理化学研究所の研究チーム(チームリーダー:吉川武男)が、統合失調症の発症原因となる遺伝子を特定したことを2007年11月13日付のPLoS Biologyで発表した。 ←参考1
統合失調症では周囲の不穏な音を意識的にシャットアウトする「感覚フィルター機能」が弱まる症状が見られる。この機能が高いマウスと低いマウスを掛け合わせた「孫マウス」の遺伝子を調べた結果、DHAなど不飽和脂肪酸と結合するタンパク質をつくる遺伝子「Fabp7」の発現が低下すると神経の新生も少なくなることを確認した。また、人間の死後の脳を解析した結果、フィルター機能の低いマウスと同様に、この遺伝子の発現が増えていた。
● アラキドン酸も神経新生促進と精神疾患予防に役立つ可能性を東北大学の大隅典子先生のグループが発表した。

感覚ゲーティング機構=感覚フィルター機能
● 感覚器からの情報は常に同時並行で脳に伝わっているが、実際に意識に上るのはこのうちの1~2つ程度である。
● 通常は賑やかなところで話をしていても、相手の言っていることをきちんと聞きとることができる。これは神経のネットワークによって作られた「フィルター」によって、必要な情報を取り入れ、不必要な情報をカットしているためである。
● 視床に感覚入力のフィルター機能があり、無秩序で過剰な信号が大脳皮質に行かないように感覚入力を制限しているためと考えられている。
● 脳を重要な情報の処理だけに集中させるために存在する「注意」の働きであると考えられている。このため脳は「注意」によって不要な情報が意識に上るのを抑制している。
● 感覚フィルター機能は音驚愕プレパルス抑制テストによって測定することができる。
感覚カクテルパーティー効果 cocktail-party effect
● 音声の選択的聴取 (selective listening to speech)のことで、選択的注意 (selective attention) の代表例である。
● 1953年にColin Cherry(1914/6/23〜1979/11/23, 英国 Imperial College Londonの認知神経科学者)によって提唱された。
● 沢山の人が雑談しているカクテルパーティーのような雑踏の中でも、自分が興味のある人の会話、自分の名前などは自然と聞き取ることができる「カクテルパーティー効果」も、この感覚フィルター機能に基づいている。
● 統合失調症脆弱性因子 vulnerability factors in schizophrenia
染色体 統合失調症脆弱性因子
1 DISC1
3 ドーパミンD3受容体
6 Dysbindin
8 Neuregulin1
11 ドーパミンD2受容体
13 セロトニン2A受容体
17 セロトニントランスポーター
22 COMT
X ドーパミン合成酵素

● 統合失調症患者のGABA駆動性介在ニューロンでは、GAD67とパルブアルブミンの発現量が減少しているのが発見されている。
● 細胞外プロテアーゼ、ニューロプシンがニューレグリン1(上皮成長因子、統合失調症脆弱因子)を切断し、その切断断片がErbB4受容体を活性化することが知られている。
● 切断されたNeuregulin1によるErbB4受容体の活性化が、パルブアルブミン陽性抑制性神経細胞特異的にGABA伝達を促進し、結果として興奮性神経細胞を制御している。参考1
● 統合失調症に関連する遺伝子多型に、カテコールアミン代謝酵素:カテコール-O-メチルトランスフェラーゼ(COMT)の対立遺伝子の異常がある。
● 統合失調症において、淡蒼球の体積が健常者に比べて大きいことは既に知られていたが、その健常者との差に左側優位の非対称性が存在する。参考1/2
● 転写因子SOX10のDNAメチル化状態は統合失調症患者死後脳におけるSOX10とオリゴデンドロサイト関連異伝子群の発現低下と相関している。1
● Lhx6が脳内で減少することによって、統合失調症の患者にみられる思考力や注意力の低下といった認知機能の障害を引き起こす可能性がある。