血流障害による痛み-虚血性心疾患 myocardial ischemia

• 動脈硬化、血栓や血管の収縮などにより冠動脈に血行障害が生じ、心筋の酸素需要に供給が追いつかなくなったために生じる病態。
• 虚血性心疾患の典型的な症状は、突然起こる胸部の激痛!

■ 心筋梗塞 myocardial infarction

冠動脈が閉塞して血流が途絶した心筋組織が壊死を起こし、不可逆的な傷害が残った病態。
◇ 痛みを感じる部位・関連痛:
胸痛が肩から腕などへ広がる放散。胸の中央、左胸部、左肩、首、下あご、みぞおちなど。
◇ 痛みの続く時間:数時間

■ 狭心症 angina pectoris

虚血は一過性で心筋の傷害は可逆的。
・労作狭心症angina of effort
・安静狭心症angina at rest
◇ 痛みを感じる部位・関連痛:
胸壁や左腕に関連痛。痛みの部位は明確でなく、手を胸全体にあてて痛みを表現することが多い。
◇ 痛みの続く時間:10分

◇ 痛みの性質:
● 締めつけられるような、抑えつけられるような、重苦しいといった漠然とした痛み。胸やけ、肩凝り、歯痛などが主な症状のこともある。
● 1カ所だけに限定されず数カ所に現れることもあります。また、症状は,“締めつけられるような”といった漠然としたものである点が特徴。
● 狭心痛の患者では、発作間歇期に、胸や腕に非侵害刺激が加わっても、痛みを感じることがある。
● しばしば呼吸困難や冷や汗が伴なわれる。
• 心臓に分布する求心性線維は、星状神経節と交感神経の下心臓神経の両方に含まれる。
• 両側の頸部交感神経切除術や、第1~5胸髄後根神経節切除によって、狭心痛が消失するので、下心臓神経に含まれる求心性線維は、狭心痛に関与すると考えられる。
• 心臓に虚血があると、プレカリクレインが活性化されて、カリクレインとなり、キニノーゲンからブラジキニンなどのプラズマキニンが作られ、痛みが生じる。PGI2とPGE2の産生が増加して、ブラジキニンの発痛作用が増強する。
• 消化管障害の副作用の少ないC0X-2阻害薬は従来型NSAIDsよりも、血栓を誘発し、心筋梗塞を起こしやすい。
◇虚血プレコンディショニング ischemic preconditioning:IPC
・1986年にMurryらが最初に提唱した。
・心筋細胞が壊死を引き起こさない程度の短時間の虚血と再灌流を数回繰り返すことにより、その虚血耐性が増強する現象
・このメカニズムの解明は心臓保護につながる。
・アデノシン、PKC、NOSなどが重要な役割を果たしている可能性がある。

■ 狭心症 angina pectoris

● 心筋に酸素を供給している冠動脈の異常による一過性の心筋の虚血のために胸痛・胸部圧迫感などの主症状を起こす。
● 多くの狭心症は、心臓表面にある冠動脈に動脈硬化が起きて血栓が詰まったり、攣縮するため、血液の流れが悪くなることによって起こるが、微小血管における血栓や攣縮による狭心症もある。

□ 発症の誘因による分類

◇労作性狭心症 effort angina、angina of effort
・体を動かした時に症状が出る狭心症
・冠動脈の硬化のために心筋の酸素需要の増大に応じて冠血流量が増加できず、心筋虚血が生じる。特に酸素需要が増大する労作時に症状が出現する。

◇安静時狭心症 rest angina
・安静時に症状が出る狭心症
・先行する酸素需要量の増加なしに、二次的な冠血流量の減少により虚血が生じる。

□ 発症機序による分類

◇器質性狭心症 organic angina
・冠動脈の狭窄による虚血
・冠動脈に器質的狭窄が存在するために心筋の酸素需要が増加すると供給不足となって発作が起こる。

◇ 冠攣縮性狭心症 vasospastic angina、coronary spastic angina
・冠動脈の攣縮が原因の虚血
・異型狭心症 variant angina:冠攣縮性狭心症のうち心電図でST波が上昇している場合

◇ 微小血管狭心症 microvascular angina
・更年期前後の女性に稀ではない狭心症:狭心症様の症状はあるが、冠動脈に有意な病変を認めない虚血性心疾患罹患率が、日本においても認知され始めた。
・1985年に米国NIHのCannon ROとEpstein SEらが、冠動脈造影で観察することのできない冠動脈微小血管の器質的ないしは機能的異常が考えられるとして、microvascular anginaという概念を提唱した。
・cardiac syndrome Xとも呼ばれていた。
・心臓内の微小血管(300μm以下)の狭窄及び攣縮による虚血。
・多くの狭心症は、40歳を過ぎた頃から65歳くらいまでの男性に多いことが知られているが、微小血管狭心症は女性に多く、中でも更年期の女性に多くみられる。
・閉経により血管拡張作用を持つエストロゲンが減少することにより引き起こされると考えられている。
・閉経前女性においてさえも、狭心症発作頻度は内因性女性ホルモンの変動と関係していて、エストロゲンが低下する黄体末期から月経期にかけて狭心症発作は頻発し、上昇する卵胞期には減少する。

□ 臨床経過による分類(AHA分類、1975年)

◇安定狭心症 stable angina pectoris
・最近3週間の症状や発作が安定化している狭心症

◇不安定狭心症 unstable angina pectoris
・症状が最近3週間以内に発症した場合や発作が増悪している狭心症。薬の効き方が悪くなった場合も含まれる。心筋梗塞に移行しやすく注意が必要である。近年では急性冠症候群;Acute coronary syndromeという概念がこれに近い。

★ 無症候性心筋虚血 Silent myocardial ischemia
=自覚症状のない心筋虚血、痛みを伴わない虚血の発作

● 1978年にLindsey & Cohnにより初めて提唱された。[PubMed (Am Heart J. 1978 Apr;95(4):441-7)]/参考
● 狭心痛、労作時息切れ、疲労感などの症状を伴わない虚血発作。
● 運動負荷心電図,ホルター心電図,心臓核医学などにより診断される。
● 糖尿病などに伴うことがある。

Cohnによる無症候性心筋虚血の3タイプ

Type 1 全く無症状な心筋虚血
Type 2 心筋梗塞後の無症候性心筋虚血
Type 3 狭心症に伴なう無症候性心筋虚血
● 虚血の最も高度なものである心筋梗塞においても、Framingham studyにて25%が無症候性に起こっていることが報告されている。
● 運動負荷201Tl心筋シンチグラフィにて胸痛がなく虚血の所見を呈するものや運動負荷心プールシンチグラフィでの無痛性の左室駆出分画低下はまさしくsilent ischemiaである。
● Deanfieldらは狭心症患者においてホルター心電図でのST低下の87%が無症候であり、しかもそのときの心拍数が運動負荷時の虚血発生時に比べ有意に低いことを示し、酸素需要の増加が虚血の主因となる場合と、冠動脈血流の低下が主因となる場合があることを示している。冠動脈血流低下は冠動脈のvascular toneのダイナミックな変化により生ずるもので、その検出にはホルター心電図に加えVESTによる連続的な心機能モニターが威力を発揮するものと期待される。
● 特に糖尿病の神経障害により痛みのない虚血発作(無痛性心筋虚血)や、心筋梗塞になっても全く痛みがなく軽い息切れ程度の症状の場合(無痛性心筋梗塞)がある。
● 無症候性心筋梗塞の死亡率は急性心筋梗塞の死亡率より高い。