痛みの定義

An unpleasant sensory and emotional experience associated with, or resembling that associated with, actual or potential tissue damage.(IASP Jul 2020)

 → The Journal of the International Association for the Study of Pain

「実際の組織損傷もしくは組織損傷が起こりうる状態に付随する、 あるいはそれに似た、感覚かつ情動の不快な体験」 (日本疼痛学会 2020.7.25)

付記
1)痛みは常に個人的な経験であり、生物学的、心理的、社会的要因によって様々 な程度で影響を受けます。
2)痛みと侵害受容は異なる現象です。 感覚ニューロンの活動だけから痛みの存 在を推測することはできません。
3)個人は人生での経験を通じて、痛みの概念を学びます。
4)痛みを経験しているという人の訴えは重んじられるべきです。
5) 痛みは,通常,適応的な役割を果たしますが,その一方で,身体機能や社会的 および心理的な健康に悪影響を及ぼすこともあります。
6)言葉による表出は、痛みを表すいくつかの行動の1つにすぎません。コミュニ ケーションが不可能であることは,ヒトあるいはヒト以外の動物が痛みを経験 している可能性を否定するものではありません。

■IASP 2020年の定義
https://www.iasp-pain.org/terminology?navItemNumber=576

■痛みの定義の解説と考え方
1.痛みはたいへん不快な感覚であり、不快な情動を伴う体験である。外部からの侵害刺激や生体内の病的状態なときや、その時点では組織が傷害されてなくても、それらの刺激が長く続くと組織が傷害されると予想されるときに生じる感覚である。従って、痛みは「生体の警告系」として重要な役割を果たす。(不幸にも痛みを感じない先天性無痛症という疾患がある。)しかし、痛みは痛みの悪循環を引き起こすので、「生体の警告系」であっても、鎮痛処置が必要である。(もちろん痛みの原因は治療することは最重要。)

2.痛みは、体温、脈拍、呼吸状態、血圧の次の第5のバイタルサインである。
痛みの有無やその程度が、すべての疾患において、患者のQOLを左右する重要な要素である。

3.痛みの原因は末梢や神経系で発生するが、「痛み」として認識するのは、脳である。

4.痛覚は触覚が強くなったものではなく、独立した感覚である。痛覚のための侵害受容器、痛覚関連ニューロン、痛覚伝導路が独立して存在する。

5.痛みは、「単に痛い!」という「感覚的側面」だけでなく、痛みに伴う「情動的側面」がある。「情動的側面」についても治療が必要である。

6.痛みは他の人と共有できない感覚である。痛みに関する表現が異なるだけでなく、痛みの感じ方も多様であると考えられる。同一人物でも、時によって痛みの感じ方が異なる。単に、心理的要因だけではなく、痛覚伝導路の傷害、抑制系の活性化や異常な神経系の賦活により、痛みを通常より強く感じたり、通常より弱く感じることがある。

7.患者さんが痛いというのであれば、それがその患者さんの痛みであり、苦しみである。

8.痛みには、身体に異常が見あたらない痛みもある。しかしそれは気のせいのようなものではなく、神経系に生じた何らかの変化によって生じる痛みもある。

9.痛みを放置すると、患者がつらく病状も悪化するだけではなく、痛みの悪循環が生じ、慢性疼痛(慢性痛)に移行することがあるので、できる限り除痛することが重要である。
10.慢性疼痛は、痛みの原因が慢性的に続いている場合と、痛みの原因が治癒した後にも続いている場合がある。慢性疼痛(慢性痛)は、組織傷害に伴う一つの症状ではなく、痛み自身が病態であるので、痛みはできる限り治療する必要がある。同じような病態が続いても、慢性疼痛(慢性痛)になる人ならない人とがいる。

11.慢性炎症や神経損傷では、痛覚過敏(侵害刺激に対する閾値が低下)や、アロディニア(通常痛みを生じさせない刺激で痛みを生じさせる)を引き起こす。

12.難治性の慢性疼痛は、患者さんがつらいだけではなく、複雑で改善しえない病態などもあるため医者も対応が出来ず苦しむ。

13.神経系には、痛みを伝える系だけでなく、痛みを抑える系がある。痛みを抑える系は、鎮痛の研究の手がかりにもなるだろう。

14.痛みに苦しむ患者さんが多いので、「痛みのメカニズム」と「鎮痛のメカニズム」の両方を研究する必要がある。